第13話 無謀と代償と
この女は何者なのか。一体何が目的なのか。
クラスクは言葉が通じるのを幸いに目の前の女を詰問する。
「そいつラを見逃セ、と言ったナ。なんデダ」
「あ、あの! えっと! も、もう決着はついているというか…こ、これ以上やらなくてもいいかなって…!!」
「それは勝った俺たちが決めることダ」
勝ったものは全てを手に入れ、負けた者は全てを奪われる。
それが彼らオーク族の流儀、彼らのやり方なのだ。
彼ら流の言い方をするならば敗者の言い分など一体どこに聞く余地があるというのだろうか。
「そ、そ、それはそうかもしれないですけどっ! その、む、無意味に命を奪うのもよくないというか…っ!」
「無意味って、なんダ」
「えっと、あのー…」
意味も無意味もない。
オーク族にとってこれは
生きるためにやっていることに果たして意味などというものがあるのだろうか。
クラスクには女の言っていることがよくわからなかった。
一方でその娘の方は何やら必死に言葉を探しながら深く考え込んで…
やがてハッと何かに気づいたように驚愕の表情を浮かべる。
「も、もしかしてこの子たちを食べちゃったりとか…!? そ、それなら確かに無意味じゃないですよね! す、すいませんわたし考えが足りなくって…!」
「喰わねえヨ」
ぺこぺこと頭を下げる娘のあまりにエキセントリックな言動に思わずツッコミを入れてしまう。
確かにオーク族は他の種族とは大概仲が悪い。
悪いけれどこれほど素っ頓狂な誤解が他の種族に広がっているのだろうか。それともこの娘が果てしなく物知らずなだけなのか。
クラスクはいぶかし気に眉を顰めた。
…ちなみに後者である。
「よかったああ。もしそうなら私も食べられちゃうってことですもんね。死ぬのはともかく食べられるのはちょっと嫌だなあ」
「死ぬのはいいのカ」
「嫌です」
きっぱりと断言するミエ。
僅かに体を揺らすクラスク。
明らかに調子を狂わされている。
「…今イイと言わなかったカ?」
「襲われたら逃げます! 走れなくなったら石を投げます! 迫られたら必死に抵抗します!」
怪訝そうに問いかけるクラスクに大真面目に答えるミエ。
「でも…その上で殺されちゃうなら、まあ、自分から飛び込んできたんだし仕方ないのかなあ…って」
「ホウ?」
そのセリフは…クラスクだけでなく他のオーク共の興趣を引いた。
先述した通りオークにとっては強さが全てであって非力な者はそれだけで価値がない。
ゆえに男より力が劣る女達はオーク族の中では地位が非常に低い。
ましてや武器すら持たず完全に無防備な格好で戦場に現れたその娘はオーク族にとってとても愚かしく映った。
けれど彼らは同時に勇猛を尊び度胸を称賛する傾向がある。
多くの種族と敵対し常に戦場と戦争の中に身を置いて、いつも死と隣り合わせの彼らにとって、勇気にせよ蛮勇にせよ自ら豪胆を示す者はそれだけで価値があると考えているのだ。
そうした意味に於いて、ミエの無謀さはオーク達の好むものであった。
クラスクは改めて目の前の女を値踏みする。
自分たちオーク族と同じで髪が黒い。
容貌もなかなかに器量良しである。
さらに胸が大きい。これはよいことだ。子供を育てる時に乳の出がいいということだから。
腰は太ってこそいないがくびれているというほど細くもなく、程よい腰つきである。
これも健康的で悪くない。
そして尻だ。むっちりしていてしかも張りがある。
全体的によい
(なにより俺達の言葉を話すのはイイ。初めて見タ。これハ長持ちするかもしれん)
嫌われ者のオーク族の言葉を学ぶものなど殆どいない。
可能性があるのは商人連中だが、学んだところでろくに交渉も商売も出来ず略奪されるのが目に見えているのでよほどの物好きでもなければ挑戦しようとは思わないだろう。
他にオーク語を学びそうなのは研究目的の魔導士くらいだろうか。
クラスクはオーク族なりに考える。
彼なりの打算を働かせる。
言うことを聞かない女を従わせるには暴力が一番である。
けれど女は弱い。
殴ればすぐに弱ってしまう。
おかげで村に連れ込んだ女の多くはすぐに使い物にならなくなりあっけなく死んでしまった。
彼はまだオーク族の戦士の中では若手であり、女を飼ったことは一度もなかったけれど、それでも今までそうした女たちを幾人も見てきたのだ。
だが言葉がわかるなら恫喝もより有効に働くに違いない。
そうすれば命令にも素直に従うだろう。
言うことを聞かせるために暴力を振るう必要がなくなれば…その分だけ村での持ちがよくなるのではないだろうか?
「女、名前ハ」
「え、えーっと…ミエ、です」
「ミェグ? 俺たちの種族の女と似た名ダナ」
「あ、そうなんですか…?」
しばし顎をさすっていたクラスクは…やがてニタリと不気味な、そして獰猛な笑みを浮かべ、こう言い放った。
「ヨシ、もしお前ガ『
ミエの背後で…オーク語を解さぬはずの少女が、金切り声のような悲鳴を…上げた。
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