第12話 オーク族の若者と謎めいた女
(あ、あれ…あれ? わ、わわわ私なにやってるのー?!)
突然の闖入者に老人も少女も、オーク達も等しく驚いたが、その行動に誰より驚いていたのはミエ自身であった。
(危ないって! この世界は危ないって言われてたのにー! なんでなんでなんでー?!)
涙目で、全身をガクガクと震わせながら、それでも必死に両手を広げ、少女と老人を庇うように立つ。
目の前の恐怖そのもの…オーク族の顔をしっかり見つめながら。
相手は危険な存在だ。
直接目にしたわけではないが馬の首を落とし兵士たち四人を殺害した相手である。
自衛の心得すらろくにないミエの命など、あの凶悪そうな斧で簡単にかちかち割ってしまえるだろう。
彼女にもそんなことはわかっている。わかっていた。
それなのに何故こんなにも愚かしい真似をしてしまったのだろう。
それはミエ自身にも上手く説明できなかった。
ただあの時感じたのだ。
少女の祈りの言葉を、たぶんこの緑肌の種族は理解していない。
そして目の前の種族の恫喝の言葉に己の背後の少女は震えあがっているけれど、その言葉の意味はきっとわかっていないのだ、と。
少女の言葉。
その異種族の言葉。
どっちの言葉もわかるのは、きっとこの場では自分だけなんだ…!
そう気づいたとき、彼女は谷底めがけて走り出していた。
何かこの場を解決する当てがあるでも、目論見があるでもないのに、我知らず飛び出してしまっていた。
何かができるわけではないけれど、何かをしたいと思ってしまったのだ。
(あああああばかばかばか! 私のおばか!)
オーク達の≪威圧≫スキルによる恫喝は彼女にも覿面に効いていた。
怯え、震え、目尻に涙を浮かべながら、けれどそれでも彼女はその場から動かない。動けない。
足が竦んで?
無論それもある。けれどそれだけではない。
明らかに彼女の中にある何かが、自らの意思でそこに足を留めさせていた。
(ホウ…?)
そんな目の前の女の様子に、オーク族の雄は眼を細めた。
ミエがオーク達のリーダーと目したその男は、実際にはこの群れの若造に過ぎぬ。
だがオーク族は徹底した実力主義であり、仮に事前にリーダーを決めていたとしても、最終的な現場を仕切るのはその戦場で最も多く敵を打ち倒し、武勲を上げた者が取るのが通例だ。
「ドウスル、クラスク?」
背後にいた見張りの
だがその荷馬車の一行を追い詰め、今ミエの前に立っているそのオーク…クラスクは、その発言を片手で制した。
「ラオ! お前ら! 今回の仕切りは誰ダ?!」
「「「おお! クラスク! クラスク! クラスク!」」」
背後のオーク達が一斉に腕を振りながら叫び、ミエをさらに震え竦み上がらせる。
彼らの声を背に…そのオーク、クラスクは自分たちが放つ威迫が目の前の女に効いていることに満足げに唇を歪ませた。
…彼らオーク族の価値観は非常にシンプルである。
強さが全て。
強い者は何をしても許される。弱者は奪われ虐げられて当然である。それが嫌なら抗うだけの実力をつけろ。腕を磨け。
オーク族の部族内での力関係もそれで決まるし他の種族に対する態度も同様である。
彼らが略奪や襲撃を正当化している理由がまさにこれだ。
逆に言えば戦場で功を上げた者はそれが老人であろうと若造であろうと素直に敬意を払い、力を認め、称賛する。
対抗心は燃やしても嫉妬心を抱くことはほとんどない。
その点に関してはオーク族の数少ない美点といえるだろう。
今回の襲撃で最も働いたのはクラスクだった。ゆえに他のオーク共はその功績を認め、生き残りの人間どもとその珍妙な乱入者の処分を彼に委ねたのだ。
(…デ、結局この女は何者なんダ?)
実のところクラスクは少し前からミエの存在に気づいていた。
何が隠れているかまではわからなかったが、何者かが崖の上に潜んでいることだけは看破していたのだ。
とはいってもそれは彼が格別に優れた知覚能力を備えていたからではない。
単にミエが身を隠すのが下手だったからである。
ともあれ彼は知らぬ間に高台に現れ身を潜ませているその何者かをずっと警戒し、何者だろうかとずっと考えを巡らせていた。
先ほどまで少女たちを恫喝して時間稼ぎをしていたのもそのためである。
けれどオーク族は肉体的には頑強そのものだが世辞にも賢いとは言い難い。
ゆえになかなかに納得できる答えは出せなかった。
真っ先に考えられるのは待ち伏せだが、ここは彼らの縄張りであり襲撃する場所を相手が把握していたとは考えにくい。
仮にそうだとしたら先ほどの兵士たちとの戦いに加勢しないのは変である。
もしかしたら単に間に合わなかっただけの間抜けかもしれないが。
ともあれクラスクは待ち伏せの線は薄いと結論付けた。
無論オークの浅知恵を超えた策略を練る軍師もいるだろう。地形から襲撃個所を予測して伏兵を配置する者だっているだろう。
けれどそうした輩と遭遇したオークは大概全滅してしまうため知識が共有されることはなく、結果クラスクの頭にもそうした可能性が上ることはなかった。
ならば馬車からあらかじめ逃げ出した誰かなのか…?
いやそんな暇は与えなかったはずだし、もしそうだとしてもそいつはとっとと逃げ出すべきだ。逆に助けに入るならすぐにでも襲い掛かってくるべきだ。
ずっと隠れて様子を窺っていても意味がないないではないか。
つまりはまあ、よくわからない。
結果としてクラスクは「よくわからん奴が隠れているが邪魔しないなら放っておくか」程度の結論に落ち着いた。
まあ仮に今から襲い掛かってきても相手は所詮一人、簡単に返り討ちにできるだろうと踏んでのことである。
だがその予想は外れた。
身を隠していた何者かはわざわざ高所の利を捨て飛び出してきたかと思うと自分の前に立ちはだかり、背後の娘と老人を庇おうとしている。
それも武器も持たず、鎧も着けず、あろうことか戦意や殺意もなく、だ。
クラスクはますます理解できずに首を捻った。
やっぱり仲間だったのか? いや明らかに背後の人間どもも驚いた風だった。
ならば赤の他人なのか? それならなぜ助けに入る? 見たところどうみても戦士には見えぬ。せいぜいそこらの村娘だ。それが自らの命を擲って他の誰かを救おうとしているのか? なんの意味があって?
(そもそもこの女ハ…なんデ俺達の言葉を喋れるんダ?)
そんな風に考えを巡らせるが結論は出ない。
その謎めいた人間族らしき娘は、ただただ無防備に、必死に両手を広げていた。
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