第10話 緑色の襲撃者

ミエが目覚めた場所から少し離れると、森は思ったより鬱蒼としていた。

藪を掻き分け木々の間を抜け音のする方へ進む。

気のせいか少し上り坂のようだ。

進むほどに音が徐々に大きくなってゆく。


(何の音…?)


それは彼女にとって聞き慣れない音だった。

あえて言うなら小学校の頃3回だけ参加できた運動会のあの喧噪に近いだろうか。

まあ参加と言っても主に見学者としてではあるのだが。

ただそれにしては少々規模が小さく、また耳に響くのは歓声というよりむしろ怒号のように聞こえる。


(止んだ…!)


発生源まであと少し、ということころで唐突にその音は途絶えた。

小さな音や話し声はまだ聞こえるが、あの地鳴りのようなは消え失せた。

けれどこの距離ならもう迷わない。

ミエは速度を緩めながらゆっくりと歩を進めた。


この藪を掻き分けたらたどり着きそう…といったところで彼女は足を止める。

茂みの向こうの視界が唐突に開けたからだ。


森が消えた…というわけではないようだ。生い茂る低木の向こうは急な下り坂となっており、その下には彼女から見て横方向にやや傾斜した路が続いている。

未舗装だが明らかになんらかの踏み固められた道路のようである。

そしてその向こうは再び上り坂となり、彼女のいる場所と同じ高さまで続いた後で再び森となっている。


簡単に言えばミエが見つけたのは丘陵部にある沢筋の街道である。

彼女はその尾根筋の木々の合間から谷間を見下ろしている格好になるわけだ。


そして眼下の街道には馬車が倒れている。

色々と装飾されたかなり立派そうな馬車だ。

それがものの見事に横倒しになっている。


その馬車を引いていた馬は二頭。一頭は地べたにはいつくばって必死に起き上がろうとしているが、紐に絡まって上手く立ち上がれないようだ。


「……!!」


そしてもう一頭は…


ミエは衝撃的な光景を前に思わずごくりと息を呑む。

視界の端に転がっているのがその馬の首のようである。

その首の付近は血飛沫に塗れていて、少し離れたところから地面に点々と鮮血の斑点をまぶしている。

きっと馬の首を切った何者かが、その首を切り落とした物騒な得物ごと移動した跡なのだろう。


その血痕は馬車の方へと向かい、その手前で再び血だまりを生んでいた。


そこには同じ形の兜と鎧を着て槍を持った男たち…その恰好から兵士だろうか…の死体が四つ、転がっている。


これでミエにも先ほどの音の正体がようやくわかった。

それは争いの音だった。

武器と武器、あるいは武器と鎧がぶつかりあう音だったのだ。

道理で音に殺気が籠っていたわけである。


そしてその戦いの決着は既についていた。

兵士たちは全滅し、彼らが守っていたであろう要人らしき者達…老人と幼い少女は、倒れた馬車からなんとか這い出して、けれど逃げる事も叶わず、今や襲撃者たちを前にして完全に追い詰められていた。


震える少女の年齢は十かそこらだろうか。身なりからしていいところの商人か貴族の娘のようにも見える。

彼女を抱きしめ必死に庇おうとしている老人も身なりは悪くないが、彼女の血縁というよりむしろおつきのじいやのようだ。


彼らの姿は先ほど泉で確認したミエ自身の特徴とよく似ている。

この世界の人間と考えてまず間違いないだろう。


問題は襲撃者の方である。



それは人間ではなかった。

二本足で歩く人型の生物ではあるようだが、明らかに人間ではなかった。



数は四体。

一体は倒れた馬車に上体を突っ込んで中を漁っていて、二体はその左右で武器…大きな斧を構えて辺りを警戒している。

そしてもう一体は先ほどの少女たちの前に立ちはだかって、これまた斧を構えて歯を剥き出しにして威嚇している。

他の三体に比べて明らかに顔つきが違う。おそらく先ほど馬の首を切り落としたのも彼だろう。


しかし一体彼らは何者なのだろう。

ミエは首をくく、と捻った。


統制が取れている…というには各々好き勝手に歩き回っていて雑然としているが、武器を持って役割分担をしているところを見ると少なくとも社会性を持った生物のようだ。


肌の色は緑がかった灰色で、陽光の当たり具合によってはどちらの色にも見える。

背丈はだいぶ高い。全員優に180cmはあるだろうか。

一番手前の者に至っては190cmすら超えているように見えた。


彼らは全員筋骨隆々としており、かなり頑丈そうな体をしている。

人間が必死にトレーニングしてようやく手に入れられるような鍛え上げられた肉体を、まるで標準装備のように備えていた。

手にした斧は木こりの使うようなものではなく、明らかに戦闘用に作られた戦斧である。だがいかにも鈍重そうなそれが、彼らの手にかかればナイフのように容易く振るわれ兵士たちの頭蓋をかち割る凶器と化すであろうことは、先ほどの死体どもが証明している。


髪は黒くぼさぼさで、顎がややいかつく、耳は獣のように上に向かってぴんと尖っている。下品に笑ったり威嚇するときに見せるその歯並びは凶悪そうで、特に下顎から生えた犬歯が牙のように上を向いており、口を閉じても僅かに唇の上で自己主張をしていた。

その身なりは先ほどの兵士たちに比べればだいぶみすぼらしく、かろうじて皮鎧らしきものを纏っていが、それが大して役に立っていないであろうことはその体に幾重にも刻まれた傷痕が物語っている。

けれど彼らはそれを痛いとも恥とも思わないのか、お互い今回の戦いで付いたらしき真新しい己の傷を指差しながら哄笑していた。


その容貌はかなり精悍であり、その瞳には強い意思と不屈の闘志が剥き出しになっている。一方でその鼻は無残に潰れており、また歩き方やしゃべり方からいかにも粗暴そうで、お世辞にも賢そうには見えない。


まあ有体に言えば不細工で粗野で品がない風体であり、大抵の女子にはごめんなさいと拒絶される見た目なのだ。


彼女は知らぬ。

こんな姿の生物は見たことも聞いたこともなかった。

けれど異世界に送られる大多数の改変者たちであれば彼らが何者か一目見てすぐにわかるだろう。



ファンタジー世界の住人であり定番の敵…

すなわちオーク族である、と。







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