第7話 無欲と熟考と

歓喜雀躍する彼女に男は丁寧に頭を下げた。

それがどんな形であれ、彼女が自ら選んだ道行きに敬意を表したのだ。


「さて…それじゃあ最後に君にスキルを授けないとね。とりあえず商用共通語ギンニムと最初に行ってもらう地域の北方語ミルスフォルムあたりはないと困るからこれは標準として。あとはまあ地元の亜人たちの言語を幾つか…希望はある? ないなら適当に」


男が淡々と手続きを進めている間、彼女はずっとはしゃぎっぱなしだった。

彼が幾つか向こうの世界の情勢や注意点などを話してくれるがほとんど右耳から左耳に抜けてしまう。


「…じゃあ最後に君自身が望む≪スキル≫を…聞いてる?」

「はい? ええっと…なんの話でしたっけ?」

「聞いてないね?」

「はい! すいません!」

「…元気があって大変よろしい」


男は小さく咳払いし、説明を続けた。


「向こうの世界でやっていくために何らかの≪スキル≫を選んでほしい。どんな望みでも言ってくれ。なるべく希望に沿うようにはするけれど過度な期待は禁物だからね」

「ええっと…そもそも≪スキル≫ってなんですか?」

「そこからか。そうだね…例えば一瞬で物を取り出せる『早抜き《クイックドロウ》』とか、相手から物を盗み出す『手練の早業スティール』とか、確実に攻撃を当てる『必中シュアヒット』とか…そういう他より優れた特技のようなものさ。こちらの世界は平和で普段から鍛錬してる人とかは少ないからね、まあ送り込んだ先の世界で上手くやっていけるように少し下駄を履いてもらうんだ」

「へええ…」


なんと至れり尽くせりなのだろう。

そこまで手間をかけて自分たち改変者を送り出すのに見合うだけのメリットが彼にあるのというのだろうか。

美恵はほんの少し疑問に思ったが、健康な肉体への興味と期待が勝ってしまい深く考えなかった。


「ただしこちらのリソースも無限じゃない。例えばいくらでも仕舞えて欲しいものがすぐに取り出せる袋が欲しいとか、この世すべての財宝が詰まった蔵が欲しいとか、世界全ての知識が閲覧できる本が欲しいとか、そういうのはちょっと難しい。僕の手に余るからね」

「限度があるってことですか?」

「有り体に言えばそう。今の例で言うなら同じ効果にはなるけど効果値が低い…つまり性能がすっごく落ちるか、あるいは望んだ効果に近いものが得られるけど使えるのが1生に1度とか、そんな感じになる」

「なるほど…?」

「そんなわけだからよく考えるといい。どんな≪スキル≫が欲しい?」

「えーっと…じゃあ別になくても」

「なくても?」


男は思わず鸚鵡返しに聞き返してしまった。

これまで幾多の運命改変者を送り出してきたが、どうしたら楽で有利なスキルになるか散々悩む者はいても、スキル自体を不要と断じたのは彼女が初めてだったのだ。


「ええっと、私の心からの願いは健康な体になることで、その願いは今回の件でもう叶ってしまうので、それ以上を望むのはちょっと贅沢かなって…」

「なるほどね。でもさっき言っただろう? こちらとしても損な取引じゃないって。こっちが自分たちの世界の人材を向こうに送る代わりに、向こうの世界が君に≪スキル≫を与えるところまでは負担してくれるんだ。だから遠慮なんてする必要ない。それに依怙贔屓えこひいきはいけないけど逆もよくない。君を送り出す予定の世界は決して安全平和な世界じゃないし、危険な怪物だって多い。無策丸腰はお勧めできないな」


言われてみて確かに、と得心する。

けれど何がいいのだろう。なにせこれまでの人生、体を鍛えるだなんてついぞしたことのない、病弱そのものの美恵であった。


「そ、その、せめてヒントを…」

「う~ん…そうだねえ。最近の改変者に比べると君はその手の知識に疎いようだし、じゃあ少しだけ」

「あ、ありがとうございます!」


車椅子に座ったままペコペコとお辞儀する。

自分以外の改変者たちは突然異世界に旅立てと言われてそこまで用意周到に準備しているものなのか。

美恵は己の覚悟の無さに今更気を引き締めた。


「まず向こうの君の体は健康ではあるけれど戦士や武術家のように鍛えられてはいない。だから攻撃系のスキルはあってもすぐに役に立たないかもしれない」

「ふむふむ…攻撃系はダメ、と…」

「ダメってわけではないけどね。一方防御とか回避系のスキルは身を護るのに使えるから素人が取っても有用だろう。死にたくないなら第一候補かな」

「う~ん…身を護る…?」


美恵はぐぐ、と首を捻るがいまいちピンとこなかった。

こんな自分を守って一体なんになるというのか。


「あと多いのは普段は役に立たないけどいざって時に使えて一発逆転の鍵になるタイプだね。使用回数制限付きで大ダメージを与えたりとか、死んだら記憶を持ったままやり直せる、とか」


首の傾きが大きくなる。

ミエには自分がそうした逆転の布石になりそうなスキルを有用に使えるほど優れた人物には到底思えないのだ。


「あとは使い勝手とか使用頻度も大事かな。スキルは使っていくとレベルが上がって効果も上がっていくんだ。だから最初から強力なスキルを望んでさっきの回数制限なんかを喰らうよりは、そこそこ便利な効果で何度も使えるスキルとかを上手く使ってレベルを上げて強力にしていく方が役に立つかもしれない」

「えーっと…」

「まあ色々言ったけど、結局は自分がやりたいことがあるならそれが一番かな」

「やりたい、こと…」


最後まで聞いたところで、美恵はピンと閃いた。

ある意味自分にもっとも相応しいスキルを思いついたのだ。




「じゃあ、えっと、その…スキルってやつですけど、こう…≪応援≫なんてありますか?」

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