第5話 運命改変者

「えーっと…?」


男の言葉の意味が少女の腑に落ちるまで、暫しの時を要した。

首を傾げていた三枝美恵は、やがて首をくく、と戻して己自身を指差す。


「私が?」

「そう」

「運命改変者…?」

「うん」

「それってつまり勇者様とかそういう…?」

「理解が早くて助かるね」

「そんな、まさか!」


そんなはずはない。

そんなはずがない。


だってだって、だって運命を変えられるなら、そんなことができるなら、死ぬまで車椅子なんかに乗ってない! もっと自由に生きられたはずではないか!

一体自分の生涯のどこに運命に抗い切り開く力などというものがあったというのだろう。

ミエの内側に激しい憤りが燃え上がる。


「君は自分の死因について覚えてるかい? 死の瞬間やその前後の記憶はよく失われがちなんだけど」

「えっと、確か車道に飛び出した女の子を助けて、そのまま車にはねられてたような…?」

「そう。よく覚えてるね。それなら話が早い」


男は満足げに肯きながらローブの下から何か筒状のものを取り出した。

巻物スクロールである。彼はそれを広げそこに書かれているらしき文面を読み上げる。


「本来の運命によればあの少女の命はあそこで終わっていたはずなんだ。原因は親の監督不行き届きだね。一方君の寿命はあと1年半あった」

「1年半…」


あるといえばある、ないといえばない微妙な数字である。


「つまり君はあの子の死の運命を変えたのさ。自分の命を代価に他者の運命を変えるのは改変としては一番難度の低いものではあるけれど、それでも運命を変えたことには違いない。大概の場合無駄死にになるからね。まあそもそも進んでそんなことをやりたがる人自体そうそういないんだけど」


美恵にもだんだんと彼の言いたいことがわかってきた。


「えーっとつまり私は微力ながら運命を改変する力があって、それはこの世界にあったら危険かもしれなくて、でも他のまだ発展途上の世界ではそういった力が必要とされていて、貴方はそれを仲介するお仕事をなさっている…?」


男は嬉しそうに手を叩いて快哉を上げる。


「素晴らしい。僕の仕事をそこまで正確に理解してくれる人はなかなかいないんだ。だいたいチートスキルをタダでくれる神様みたいな扱いされちゃうからね」

「チート…?」

「ああ君はそのあたり詳しくないんだね。まあ知らなくていいことさ」


男は肩を竦め、小さく咳払いをする。


「話を戻そう。運命改変者フェイトブレイカーは様々な方法でスカウトされる。生身のまま直接異世界に行ってもらう『次元界遷移プレインシフト』、魂だけ向こうに送る『転生リインカーネーション』…これはさらに環生トランスマイグレーション魂送ソウルトランスファーに分かれて…」

「ごめんなさいさっぱりわかりません」

「ああごめんごめん。つまり生きてる人をスカウトする時と死んだ人をスカウトする時でやり方が違うってことさ。君の場合は死んだ後の勧誘だから魂…とあと記憶だね。魂魄自体は記憶を保持する機能がないから…を向こうの世界に送ることになる。この時あっちに同年代の肉体があれば『魂送こんそう』、なければ赤ちゃんとして生まれ直す『環生かんじょう』になる」

「なるほど…? 色々あるんですねえ」

「そういうこと。君の場合君に近い年代の君とよく似た女性の肉体を使可能だ。だから君が望めばその肉体に『魂送』され、以後そちらの世界で生きてゆくことになる」

「望めば…ということは断ることもできるんですか?」

「もちろん。スカウトはあくまで本人の意思を尊重するからね」

「断った場合は…?」

「まあその場合はこの星の魂の一つとして還元されることになるね。天国や地獄のようなところに行くかもしれないし、再び地上に転生するかもしれない…まあ次も人間に生まれるとは限らないけれど」


それは彼女が認識していた『死後』に近いものだった。つまり望めばそうした末路も用意されているのだ。




けれど別の路を選ぶこともできる。

そして今…ミエはその選択肢を示されているのだ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る