たとえば、ひとつの物語が終わるときーⅡ

花陽炎

第1話 「自分だけのお城」



―――とある国の、とあるテントで暮らす青年たちのお話をしよう。




ここはいつでも厳しい寒さが覆う極寒の大地。


一年の大半は強弱の激しい吹雪が辺りを包み、全てを真っ白な雪の中へと閉じ込めて

いってしまう。


その中に、幾つかポツリと立ち並ぶ小さなテント群。



『兄貴!今日も大量ですよ!』


『これでしばらくは飢え知らずだな!』



大きな体躯に陽の光を反射して輝く美しい銀の毛並み、鋭い爪と牙に獲物を捉えて

絶対に逃がさない青い瞳。


彼らは獣人と呼ばれる種族の中でも、群れを成して個々にも戦闘能力の非常に優れた

”オオカミ族”の生き残りである。


元々は一つの大きな村の中でいくつかのグループに分かれて暮らしていたのだが、

人間の『獣人狩り』が激しくなったのを受けて種の存続の為に散り散りとなった。


あるグループは危険な山岳地帯へ、あるグループは渓谷の深い谷間に。


それぞれが進んで人間の立ち入りにくい場所で且つ己の身体能力を十分に活かせる

新たな住処を探して旅立って行った。


互いの生存確認や連絡は遠征を得意とする者たちに任せ、オオカミ族はひっそりと

人間に極力接触することなく現環境を除いては実に平穏に生活できている。


この極寒の地域を住処として選んだグループのリーダー、グレンは若くして統率に

優れた人格を持つと周りの大人たちから認められ、彼を慕い尊敬してついてきた

子分もまた、彼の為に懸命に働いた。



「…ああ。ご苦労。もうじき吹雪くからな…テントをしっかり張っておけよ。」


『了解っす!』


『ボスのヒト化は本当に人間みたいで羨ましいぜ。』


「お前たちが鍛練不足なだけだ。早く行け。」


『へいへい。』



一族のリーダー格として相応しい者は人間の姿へと変わる”ヒト化”が得意である

ことが多く、口のうまいキツネ族や甘え上手なウサギ族といった他の種族たちの

優秀な者たちは敢えて人間と関わり生き延びている。


何故そのようなことを知っているかというと…彼らも長く人間の姿で生活していたり

移動したりするわけではなく、狩りに出た先で時たま出くわし襲うことが。


そしてほとんどの場合『ぎゃああ!』とその動物らしからぬ悲鳴を上げて逃げること

から奴は違うと判断して、情報を集める為に和解を持ち込むのだ。


人間の往来もほとんどないこの地では、旅に出た仲間の情報を待つ一方でそうした

通りすがりの獣人からも周辺の変化を取り込んでおかなければ、知らぬ内に敵に包囲

されていた等の危険を伴うことがある。


少しでも集めて仲間たちの命を守ることが、リーダーに求められる大きな使命の

一つであり種の存続へと繋がる。


それにしても。


グレンには最近、どうにも解消できない悩みがある。


それが根城としているこのテントの―――圧倒的な脆さ加減。


拠点を作るのに雪風を凌げる場所が必要だと思い立ったのは良かったのだが、生憎

この広大な雪原は平面にただっ広いだけで、隠れられるような洞窟も土台を築ける

ような森林もすぐには見当たらなかった。


悩みに悩みながら彷徨った結果、この極寒の地を旅して無念の死を遂げた人間たちの

持ち物から心もとないテントを拝借し今に至る。


寒さには元々耐性があるから暖は無くても仲間同士で身を固めれば問題無いし、

何より雪に埋もれず風に当たらないということが重要だったので、重宝している反面

テント自体の耐久力の無さを全く考えていなかった。


とはいえ、リーダーでありながらそのことまで頭に無かったなどとは今更ながらに

言い出せず試行錯誤を繰り返している。


そこまで苦労するのだったら単純に場所を移せばいいのかもしれない。


主と認めた者の指示であれば事情がどうであれ、下は特に意見することもなく無言で

頷いて後をついてきてくれるのだから。



ただ――グレンにはそれが出来ない理由があった。



人間による、獣人狩りを恐れてのことではない。


数日前にこの場所を訪れて、そして去って行った名前も知らない人間の女性との

守られるかもわからないただ一つの『約束』が今も、忘れられなくて。


彼はふとした時に思い出す。彼女との――過ごした日々を。

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