第20話 パンケーキは幸せの味
ホットケーキとパンケーキの違いってなんだろう? と思って調べてみた。どうも、パンケーキの一種にホットケーキが含まれるみたいで、外国ではホットケーキと言っても通じないらしい。
たしかに
そんなパンケーキも、いわゆる昔からのホットケーキ的なものから、フォークをいれるとふわっとして蕩けそうな、近年になって流行りだしたスフレパンケーキみたいなものまで、色んな種類があるようだ。デコレーションも含めると、普段着のものからパーティースタイルまで、みたいな様々な印象になる。
ところで。
「あるんですか?」
「あるんっスよ」
力強く木森さんがうなずいた。
あるのだという。隠しメニューにパンケーキが。
作るのに少し時間がかかるので隠しメニューになっているらしい。
今日は他にお客さんが少なくて(だから木森さんがホールに出てきてるわけだけど)、こういうタイミングならパンケーキを作ってくれるらしい。
まれぼし菓子店のパンケーキと聞いてわたしは、楽しみでいても立ってもいられない気持ちで注文してみた。
確かに実際少し時間がかかる。
待ち遠しくて、そう長くはないはずの時間がとても長く感じる。
やがてその時はやってきた。
香ばしい香りと共に、お皿が運ばれてくる。
「お待たせしました。〝秘密の幸せ〟パンケーキで」
注文してやってきたパンケーキは、ごくプレーンなものだった。
まあるくて、ふかっとして、こんがりきつね色に美しいパンケーキが二枚重なっている。その上に四角く切り取られたバター。そして、メープルシロップが添えられている。
見た目的には地味と言ってもいい。
でも、ホットケーキスタイルのパンケーキの、これが王道だ。
秘密の幸せ、か……。
幸せってなんだろう?
パンケーキを口に運びかけて、ふと考える。
幸せと言うとつい大きなことを考えてしまいがちだ。例えばこないだ友達は結婚したし、宝くじに当たった人の話も聞いたことがある。旅行に行ったり、新しい服を買ったり、憎っくき部長も子供の話になればにこにこになる……。
もぐ。
と一口パンケーキを口に入れた時のこの感覚。これもこの上ない幸せに感じる。
そう考えると幸せっていっぱいある。
その大きさや規模に違いはあっても。
まれぼし菓子店に出会えたことはわたしの中で結構な幸せなのかもしれない。
あの日あの時にもしこの店に出会っていなかったら……。
星原さんや、手嶌さん、木森さんにも出会わないままで、週末はいつも家で腐っていて……。
「コーヒー、お待たせしました」
ふっと回想から引き戻される。
コーヒーを運んできてくれた木森さんに思わず、言っていた。
「好きです」
木森さんがコーヒーでお手玉しそうになったのを見て、自分の言ったことに気づいた。
「あっ。この店が。わたしこの店が好きです」
「……びっくりした。唐突に」
「えへへ……」
「ありがとうございます。この店とか、俺たちとか好きでいてくれて。顔見れば、わかるから」
やっぱり顔に出ているのだろうか。
顔に出やすいのも、こんな時にはいいものだ。こうして皆に好意が伝わってくれるなら。
わたしと木森さんは照れて微笑みあった。
少し離れたところで、星原さんと手嶌さんも微笑んでいる。余計くすぐったく照れくさかった。
それから、改めてパンケーキを味わうことにした。
まずプレーンな味を楽しみたい。
ナイフとフォークでもう一口分に切り分けながら、きつね色の物体を口に運ぶ。ふかふかしている。でも、ふかふかだからと言って、空気が多すぎてスカスカな感じは全然しない。
外はパリッとしていて、中はもちっとしている。香ばしさが口の中に広がる。
さすがまれぼし菓子店のパンケーキだ、という感じ。
次に乗っかっているバターを塗って食べてみる。
バターのとろみと少しの塩っけが口に広がり、さきほどと同じようでいて全然違う味わいの世界がわたしを待っている。バターもたぶんいいものなんだろうと思いながら、もぐもぐと楽しませてもらう。
そして最後にメープルシロップをかける。
メープルシロップの独特の甘さとバターの塩っぱさ。それに香ばしさが加わって……。うーん。
これは絶品。シロップに濡れて生地が少ししっとりするのもまたこたえられない。
結構なボリュームだと思うけど、しっかりぺろりと平らげてしまった。
甘さと塩気のコントラストを、最後にコーヒーの苦味で〆る。
香り高いコーヒーで、胃の中いっぱいに収めたパンケーキも落ち着く感じがする。
「ご馳走様でした」
そうやって、手を合わせたくなる。
まさに、ごちそうなのだ。このお店のお菓子は。
くつろぎの週末。
今週もわたしは、まれぼし菓子店でひと時をすごしている。
それは小さなことかもしれないけど、私にとってはとても、大きな幸せなのだ。
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