僕には愛する彼女がいる。だから今日も頑張れる。

じゅん

車輪の下で生きている

「申し訳ありません。」


僕は深々と頭を下げた。レジ台の向こう側で、中年女性は早口にまくし立てる。


「謝ってもらっても困るんだけどねえ…。こっちは値引き商品だと思って買っているわけだから、しっかりそこは対応してもらわないと。必要以上にお金を払っているわけだから気をつけてほしいわ。」


「すみません…。」


「だから、謝ってほしいわけじゃないのよ。今度からこういうことがないように気をつけてほしいだけ。あんた、自分のミスの意味わかってる?『お客様の損になるようなこと』をしているのよ。値引きしてある商品を値引きし忘れるなんて、『お客様』に嘘をつき、裏切っているようなものだわ。」


「申し訳ありません。」


「あんた私の話聞いてる?だ・か・ら、謝ってほしいわけじゃないんだってこっちは。改善してほしいだけなの。謝罪を求めているんじゃないのよ。」


僕はそのときはじめて顔を上げて、流れるように不満をぶつける中年女性の表情を見た。少し脂ぎった皮膚の表面の皺が、彼女の生きた歳月の長さを物語っていた。眼鏡越しにこちらに向けられた鋭い眼光には、怒りと焦り、呆れ、そして少しばかりの嘲笑が含まれていた。


「大変失礼いたしました。次回からはこのようなことのないよう、改善いたします。」


僕はもう一度ゆっくりとお辞儀をした。緊張のためか声は震え、今にも消え入りそうなほど弱弱しかった。目の前の『お客様』にとって満足のいくセリフを発せられたのか、不安でしようがない。


 彼女は僕の様子を眺めながら数回うなずいた。よかった。自分の対応に一応納得してくれたことを確認して、心の中で少し安堵する。


「そうそう。最初からそう言ってくれないと。その言葉が聞きたかったのよ。私だって別に鬼じゃないんだから、一つのミスをそこまでガミガミ言わないわ。ただちょっと同じ過ちをいつもいつも繰り返している感じだったから、注意しただけなの。悪く思わないでちょうだい。」


微笑みながら話す女性の背後に、会計を待つ三人のお客様が見える。彼らは一様に不機嫌そうに立っていた。額に汗がにじむ。いつまでこの人の話は続くんだろう…?早く次のお客様の対応をしなければならないのに。でも自分のミスで叱られている以上、黙って謝り続けるしかあるまい。


「あんた、何歳なの?」


何の脈絡もなく、いきなり歳を聞かれてびっくりした。僕は正直に自分の年齢を答えた。


「27歳です。」


「へえ…。」


中年女性は僕の身なりを下から上へじっくりと観察した後もう一度僕と目が合ってかすかに笑った。そのとき僕はその顔から子羊を見た狼のような印象を受けた。それは自分よりも下の者を発見したときに誰しもが見せる不気味な笑みだった。背筋に冷たい感覚が走る。僕は無意識に拳を握りしめていた。


 次の瞬間、目の前のお客様に殴りかかろうとする光景が頭の中に浮かび上がった。はっと我に返り、僕はそれが現実に起きていないことを確かめてほっとする。僕はできるだけ前を向かないで、家にいる彼女のことを思い出した。早くあの笑顔に会いたかった。


「まあ色々あるだろうけど、頑張りなさいよ。私は帰るから…」


そう言い放ち、女性は店を後にした。僕は彼女が帰っていくのをしっかりと見届けた後、手を挙げて次のお客様を呼ぶ。


「お待ちのお客様こちらどうぞーこんばんはいらっしゃいませー」


妙に間延びした僕の声は、誰の耳にも届かないまま虚しく店内に響きわたっていく。生きる時間が金銭に換わっていくのをそれとなく感じながら、目の前の商品をスキャンしていく。


 早く帰りたい。帰って彼女のそばにいたい。日に日に強くなる願望を抱えたまま、今日も僕はレジの前に立っている。回り続ける社会の車輪に押しつぶされながら、それでも息を殺して生きている。


 年齢、27歳。職業、フリーター。僕はスーパーでアルバイトをして生計を立てている。今年で6年目だ。


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