第9話
「暴君か」
「だって待ってる」
「はいはい」
思わず口の端から笑みが洩れる。
わざとらしく体勢を直して、ハルさんの頭の横に肘をついてから、ゆっくりと、唇に軽いキスをする。
柔らかい表面を軽くなぞって少し離れると、ハルさんの唇が甘えるみたいにして追いかけてくる。
逞しさなんて全然ない腕が首に絡みついてきて、ハルさんの舌が唇の隙間を舐めてくる。
久しぶりのキスが嬉しくて舌同士を絡めると、吐息と一緒に甘い声が洩れた。
そうやってひっついたままキスをしながら、空いてるほうの左手をハルさんの身体に滑らせる。
首筋から、喉仏、肩、鎖骨、脇。
驚愕の64行カット……!!
「孝信」
「なに、ハルさん」
「千春、だよ」
「え、」
「俺の名前。千春」
「呼んでいいの」
「呼んで」
「千春さん」
「うん、っあぁ……」
「千春」
それから何度も何度もしつこいくらい名前を呼んだ。
千春さんは途中から余裕がなくなったのか返事をしてくれなくなったけど、それでも嫌がったりはしなかった。
その赤くなったほっぺたが好きだ。
眉間の皺も、涙が滲みそうになってる目尻も、さっきからずっと喘ぎっぱなしのその声も、唇も、キスも、汗ばんだふくらはぎの感触も、絡み付いてくる腕も、まだ見慣れないその髪色も、全部ちゃんと好きだから。
もう誰にも渡さない。
台詞のみ5行カットー。
千春さんが俺の腕の中でうとうとしてる。
背中を向けて、左手首にブレスレットをつけてる。
髪の毛の色がすっかり暗くなって、見覚えがないシルバーのでかいピアスをつけている。
恋人、って、今までと何が違うんだろうか。
何かが変わったりするんだろうか。
正直なところ、全然実感はない。
触り心地も変わらなければ匂いも変わらない。
でも取り敢えず、今まで出来なかったやりたいことがいくつかある。
「千春さん」
「んー?」
「キスマークつけていい?」
「……は? 餓鬼くせぇことしてんじゃねぇ」
「だって今まで遠慮してたんだよ、千春さん、俺だけじゃなかったからさ。嫌かなと思って」
「うーん……」
「駄目?」
「……服で隠れるとこにして」
「うん」
やった。
どこにしよう。
取り敢えず、目の前にあるから背中。
「くすぐったい」
「それから、明日デートしたい」
「明日はバイト」
「じゃあ終わってから。待ってるからさ」
やりたいことが沢山ある。
でも問題ない。
一週間とかじゃなくて、これからはずっと独り占めできる。
「千春さん」
「なに」
「あんたが好きだ」
別にどうっていうつもりもなかったんだけど、なんか口に出してみたくなってそう伝えてみたら、千春さんはちょっと黙ってから、ゆっくりと俺のほうに振り向いた。
それから、はにかんだように笑う。
「俺も、お前が好きみたい」
ああ駄目だ。
これはあれだ、手放せない。
今までとは全っ然、違うわ。
(終)
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