短編集
村良 咲
第1話 目
私の家は母屋と離れがあり、部屋数は12と多い。そう聞かされると、それなりの大きな家の娘かと思われるだろうが、なんのことはない、敷地だけは広いただの田舎の一軒家というだけだ。父の兄弟が多く、私が生まれた頃には両親祖父母曾祖母に父の兄弟と、14人ほどが暮らしていたので、その部屋数も不思議なことではない。
そんなわけで、部屋数は多かったのだが、田舎で、夜は静かという音が聞こえてくるほどの闇の中で、一人で寝るのが怖い小学生の私と妹は、同じ部屋で布団を敷いて寝ていた。その頃には、父の兄弟もみな独り立ちや家族を持ち、家族は8人ほどに減っていた。
「お姉ちゃん、もう寝た?」
「う……ん、なーに?」
寝入りばなに声を掛けられ、めんどくさそうに返事をした。
「お姉ちゃん!目が見える」
「は?目?どこに?」
「上だよ、上。ほら、そこ」
電気のこだまだけ点いた薄暗い中で、そう言って妹が天井を指さしたのが見えた。
「それは木の模様だよ。目じゃないでしょ。変なこと言わないでよ」
「木の目じゃないよ、だって……動くもん」
「はぁ?動くわけないじゃん。バカなこと言ってないで寝なよ」
「あれは目だよ。誰かが見てるんだよ。上から誰かが見てて寝たら下りてくるかもしれないじゃん」
「下りてくるって、どこから下りてくるだや?下りるとこなんてないじゃん。もうバカなこと言ってないで、寝るよ!」
そう言って、私は電気のこだまも消すために立ち上がり、紐を引いて暗闇にした。
「真っ暗じゃこわいよぉ……」
「真っ暗なら目が見えなくていいでしょ?」
「やだ、やだよ~つけてよ~」
「んもう、じゃあ目とか言わないでよ!目をつぶっちゃいな、そうすりゃ目なんて見えないんだから」
私は電気をつけ、妹が目を瞑ったのを確認して、電気を小さなこだまにして布団に入った。
「ほら、こっちに身体を向けな」
そう言って身体を横にしてこちらに向けた妹の右手を私の左手で包み、
「これならお姉ちゃんしか見えないでしょ?寝よ」
しばらくして妹の寝息が聞こえると、繋いだ手を離して天井を向くように自分の姿勢を変え、目を開けようとして、ふと考えた。
今、目を開けたら木の模様が目に見えたりしないかな?
妹のクミが変なことを言うから私まで変なこと考えちゃって、眠れなくなっちゃったじゃないか。全くもう。
大丈夫大丈夫、あれは木の模様で、目なんかじゃないんだから。
私は、おそるおそるゆっくりと、最初は薄目で見るように、目を開けてそれを見た。
『きゃ~っ』と、悲鳴をあげようとしたけど、声にならない。
金縛りだ。
金縛りの時に目を開けていると、ろくなことはない。
が、その目は、開けたまま固まり、その視線は木の目の模様に止まったままだ。
あの目は、木のはずだ。そんなこと、わかってるし当たり前だ。なのに、一瞬その木が白く見えた。
『えっ?』
目だった。
うそだ。うそだうそだうそだ。そんなはずないじゃないか。
固まったまま、どうやっても動けないまま、それを見続けた。
木の目は、その視線で私を捉えたかと思うと、ぐいっ、ぐいっ、ぐいっ……と、
まるでそこから目が出てくるように膨らみ始めると、
「ぽたっ」
「きゃ~~~~~っ」
自分の叫び声で目が覚めた。
「おねーちゃん、うるさいー」
いや、あんたが夜中に変なこと言うからおかしな夢を見ちゃったんじゃないか。と、心の中で毒づきながら、大きく背伸びをして
「起きるかな」
と、6時半になろうとしている時計を見てから、ふと天井を見上げた。
「えっ?」
木の模様だったところに穴が空いている。
「ねえクミ、あそこって……」
そう指差した先を見た妹のクミが、こんなことを言った。
「あ、出ちゃった」
……な、な、なにが?
おかしなことを言うクミの顔を見ると、その額にはもう一つの目があり、その目は閉じたかと思うと次第に薄れて消えた。まるで額に潜り込んだみたいに。
妹は時々変なことを言う。誰もいないところを指さして、『そこのお婆ちゃん、笑っている』とか、『犬が列を作って山に向かって歩いている』とか、普通に道路を走る車を指さして、『あの車、川から出てきた』とか、『あのカラス、落ちる』そう言った直後、カラスが本当に落ちてきたこともあった。
ある日、『お姉ちゃん、屋根から落ちないでね』と言った。
「は?屋根になんか上らないよ。落ちるわけないじゃん」
私が屋根から落ちるって、どういうこと?また変なことを言ってると思ったら、しばらくして私は本当に屋根から落ちた。
私たちが寝ていた部屋の窓を開けると、そこには離れに続く廊下の屋根があり、雪が降った日に、その屋根に積もった雪を集めて、雪だるまを作ろうと綺麗な雪を集めていた時、体勢を崩して転がって庭に落ちてしまったのだった。
そこは確かに、屋根だった。けれど、窓から出られる場所にある屋根で、その時にはそこが屋根だという認識も薄かったのだ。
そんなわけで、そんなに高い場所からでもなく、下は10cmほどだったが雪が積もっており、足を捻挫するくらいで済んだのだが、そのことがあってから妹の言う言葉には神経をとがらしている自分がいる。
あの、まるでお告げのような言葉は、やはりあの目が……
時々思う、あの目、私の額に落ちればよかったのに……と。
今でも、今までも、時々考えたことがある。
あれはいったいなんだったんだろう?現実にあったことだったんだろうか?それとも、夢、だったのだろうか?
どこまでが現実で、どこからが夢だったのか、今一つはっきりしない。けれど、あの日から妹のクミは、寝る時に電気のこだまを点けなくなった。何故かと聞くと、「真っ暗じゃないと寝られない」と言うのだ。
クミは、クミなんだろうか?
天井の穴は、今もそこにある。
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