先輩殺しの小悪魔美少女は、義兄の俺にだけはデレデレみたいです
あきらあかつき@10/1『悪役貴族の最強
第一部 先輩殺しの小悪魔美少女
第一話 先輩殺しの小悪魔美少女
「あ、そうそう、父さん再婚することになったから」
とある夏の日、朝食をとっていた俺、
「げほっ!! げほっ!! 何の脈略もなく、とんでもないこと言ってんじゃねえよ」
「おいおい、父さんはお前をそんなにお行儀の悪い息子に育てたつもりはないぞ」
「少なくとも朝の忙しい時に茶漬けを流し込みながらする話じゃねえよ」
丁度「再婚」の言葉とお茶漬けを飲み込むタイミングがぴったりと一致したのだ。少なくともあと数秒ずれていたらこんな大参事は起こらなかった。ブレザーに付着した米粒を丁寧に拾いながら父親を睨んだ。
「で、相手って誰なんだよ」
「同じ会社の後輩だ。父さんよりも三歳年下だから四三歳だったかな」
「発表のタイミングは最悪だけど、とりあえず、おめでとうとは言っておくよ」
俺の家は父子家庭だ。母親が他界したのが俺が小学校低学年のころだから、もうかれこれ十年近く父親と二人暮らしということになる。これまで父親は男手一つで俺を育ててくれたのだ。素直に感謝を伝えるのはさすがに恥ずかしいが父親には内心感謝している。
だから、今、俺は父親の再婚の話を聞いてなんというか安心した。俺はもう高校生なのだ。あと五年もすれば家から出ることになるだろうし、そうなったら父親は老後を一人で過ごすことになる。だから、父親同様に俺にとってもパートナーができるということは喜ばしいことである。
俺は茶碗に残ったお茶漬けを再び流し込む。
「あ、そうそう、それとだな。俺とお前の新しい母さんは来月からシンガポールに転勤になったんだ」
「げほっ!! げほっ!! だから、そういう重要なことは少し前置きを作ってから言えよ」
まさか父親の再婚以上の重大発表がすぐに待っていると思っていなかった俺は完全に意表を突かれた。今度は「シンガポール」という単語と飲み込むタイミングがジャストミートした。
「おいおい、父さんはお前をそんなにお行儀の悪い以下略だぞ」
「端折ってんじゃねえよ。ってか、そんなことよりもシンガポールってなんだよ。寝耳に水にもほどがあるぞっ!!」
「実は前から転勤の打診はあったんだ。だけど、その時はまだお前が幼かったし、環境をあまりに変えるのは可愛そうだと思って断っていたんだ。だけど、もうお前も高校生になったしそろそろ受けようかなと思ってな」
「悪いが、俺は日本語しか話せないぞ」
「心配するな。お前は家に残っていい」
「いいのか?」
「お前ももう高校生で来年は受験を控えているんだ。無理に父さんについてくる必要はない」
「本当にいいのか?」
「ああ、むしろお前についてこられたら父さんの新婚生活が台無しだ」
「なるほど、そういうことか」
憎まれ口を叩く父親。が、どうやら父さんは受験を来年に控えた時期に余計なストレスを掛けないようにしてくれているようだ。まあ、俺ももう高校生なのだ。自分の身の回りの世話ぐらいは父親がいなくてもなんとかなる。
「わかったよ。じゃあ新しい母親とシンガポールでよろしくやってな」
そう言って俺は残り僅かのお茶漬けを流し込んだ。
「じゃあ、お前は新しい妹と一緒にこの家を守ってもらうってことでいいな?」
「げほっ!! げほっ!!」
さすがに三度目はないと思っていた。が、父親は平然とした顔でとんでもないことを口にする。今度は「妹」の言葉と飲み込むタイミングがジャストミートした。
「おいおい、父さんは以下略だぞ」
「略しすぎだっ!! なんだよ妹って、そんな話初耳だぞ」
父親は涼しげにお茶をすすりながら話し始める。
「新しい母さんにも連れ子がいるんだよ。しかも聞いて驚くな。その子はお前と一つしか年齢の変わらない女子校生だ」
「おいおい父さんは俺とその見ず知らずの女子高生と二人で暮らせって言うのか?」
「その子も日本に残りたいそうなんだからしょうがないだろ。どうせ家族になるのだから早いうちに一緒に住んでお互いのことを知っておいたほうがいい」
「そうかもしれねえけどよ……」
さすがに見ず知らずの女子高生と二人暮らしというのは思春期真っただ中の俺にとってはいろいろと複雑すぎる。
「まあ、どうしてもシンガポールに来るというのならそれでもいいがな」
「いや、俺は残るよ」
「じゃあ決まりだな」
選択の余地はない。おそらくシンガポールに移住しても、英語がからっきしの俺には、学力に見合った大学に進学できる自信はない。それならば少々気まずくても日本に残ったほうが長期的に見ればメリットが多い。
寝耳に水なんてもんではないが、父親にも幸せになる権利はある。それになんだかんだ言って俺が普通に生活をして高校に通えているのは父親のおかげなのだ。これ以上父親の世話になるわけにはいかない。
覚悟を決めた俺は本当に残り僅かのお茶漬けを流し込む。
「あ、そうだ。お前の新しい妹になる女の子の名前は、
「げほっ!! げほっ!!」
さすがにもう驚きはないと思っていた。が、たった今、父親がこれまでのなかでもっとも衝撃的な一言を口にした。
「以下略だ」
「もう何を以下略したのかも忘れたよ」
俺は一度お茶を飲んで父親を見つめる。
「父さん、今、水川優菜とか言わなかったか?」
「言ったが、それがどうかしたのか?」
「どうもこうもねえよ。水川優菜って言ったら俺の高校に通う一年生の名前じゃねえか」
そう言うと父親はさすがに驚いたように目を見開いた。
「不思議なことがあるもんだな。父さんもさすがに優菜ちゃんがどこの高校に通っているかまでは知らなかったよ」
水川優菜。
少なくとも俺の通う私立高校で彼女の名前を知らない男子生徒はいない。
先輩殺しの小悪魔美少女。
それが彼女の異名である。実際に彼女にフラれた友人の話によると、彼女は類まれなる容姿と巧みに先輩の懐に入るコミュニケーション能力の持ち主らしい。が、その人懐っこさに翻弄されて彼女に特攻した男はもれなく玉砕するのだという。少なくとも俺が知っているだけでもクラスメイトの数人は彼女に特攻して見事に英霊となった。
性格はともかく容姿に関しては均整の取れていて、それでいて童顔気味の顔立ちは確かに他を圧倒する可愛さがある。彼女が仮に某国民的アイドルグループに加入しても遜色ないレベルだ。
そんな彼女が俺の妹になるというのだから、その驚きは想像に難くないと思う。
俺はブレザーが米粒だらけになったこともお構いなしにその場で硬直してしまう。
「なんだ、知っている相手ならば好都合じゃないか。とりあえず、そういうことだから仲良くやれよ」
そういうと父親は腕時計に目をやって立ち上がると、俺をおいて玄関へと歩いて行ってしまった。
※ ※ ※
一七年間の人生の中でももっとも情報量の多い朝食となった俺は、何とかブレザーの米粒を綺麗に取り除き自宅を飛び出した。
が、登校中、頭の中は新たに家族になるらしい水川優菜のことで頭がいっぱいだった。
本当に彼女と一緒に生活なんてできるのだろうか。そもそも彼女は俺と家族になることを知っているのか?
そんなことを考えている間に気がつくと校門へとたどり着いていた。その間、何人かのクラスメイトと挨拶を交わしたような気もするが、それが誰だったかは全く覚えていない。
が、そんなことはどうでもいい。
問題は水川優菜だ。
校舎に入った俺はげた箱へと向かう。が、その間も頭に思い浮かぶのはやっぱり水川優菜のことだけだ。
「あの……」
と、そこで背後で誰かが俺を呼んだ。
が、すっかり水川優菜のことで頭がいっぱいだった俺はそれが自分に向けられた言葉だと認識できず、放心状態でげた箱から靴を取り出す。
「あの……聞こえてますか?」
そこでようやくその声が自分を呼んでいるのだと気がついて振り返る。
「うわっ!?」
が、振り返った瞬間、俺は叫んでしまった。
目の前に渦中の人である水川優菜が立っていたからだ。
くりっと大きな瞳に、通った鼻筋。それでいてわずかに彼女に幼い印象を与える小さな口が絶妙なバランスで配置されており、ほかの女子生徒を一瞬にしてモブキャラに追いやってしまう完璧な容姿。
先輩殺しの小悪魔美少女がそこには立っていた。
俺の叫び声はエントランス中に響き渡り、一瞬、そこにいたすべての生徒の視線が一気に集中した。
水川優菜は必要以上に驚く俺に、少し驚いたように目を見開いていた。
が、すぐに笑みを浮かべると何かを俺の前に差し出した。
「これ、落としましたよ?」
彼女の手に握られていたのは、狸のキーホルダーの付いた自宅のカギだった。どうやら、気づかぬうちに落としていたようだ。
「え? あ、ありがとう……」
俺は高鳴る心臓を必死に抑えながら、彼女にお礼を言ってカギを受け取ろうとする。
が、その直前に彼女はすっと手を引いてカギを自分の顔の前に掲げる。
「わぁ、この狸のキーホルダー可愛いなぁ……」
彼女はキーホルダーをうっとりとした表情で眺めていた。
「このキーホルダーどこで買ったんですか?」
「え?」
「このキーホルダー可愛いから、私もお揃いのを買おうかなと思って」
そう言って俺に微笑みかける水川優菜。
なるほど、俺は彼女が先輩殺しの小悪魔美少女たるゆえんを垣間見たような気がした。
同じ物と言わずにわざわざお揃いと言うあたり相当な小悪魔である。天然なのか意図的なのかはわからないが、並みの男子生徒ならばこの一言だけで彼女にメロメロになってしまいそうだ。
「ああ、これなら駅前のショッピングセンターのガチャガチャにまだあるはずだよ」
「そうなんですね。ならば今日の放課後、見に行ってみますね」
そう言って水川優菜は再度、俺にカギを差し出した。
俺はカギを受け取ると、そそくさと靴を履き替えて教室へと歩き出した。
一刻も早く彼女のもとから立ち去らないと、平常心を保てそうになかったからだ。
すぐに彼女を自分の妹として認識することはさすがに無理がある。
そもそも彼女は俺が数週間後、兄になることを知っているのか?
「あの……」
と、そこで再び背後から呼び止められた。
振り返ると相変わらず俺を見つめながら笑みを浮かべる水川優菜の姿がある。彼女は俺が振り返るのと同時にこちらへとゆっくりと歩み寄ってくる。そして、俺の前で立ち止まると頭一つ大きい俺の顔を笑顔のまま見上げた。
「一つ聞いてもいいですか?」
「いいけど……なに?」
「あなたのことをこれから先輩って呼べばいいですか? それともお兄ちゃんって呼べばいいですか?」
「なっ……」
心臓が本気で止まるかと思った。
知っているのだ。彼女は母親の再婚相手の連れ子が俺だと知っている。が、動揺しっぱなしの俺とは裏腹に彼女はいたって余裕の表情だ。
「先輩って呼ぶのはなんだか味気ないですし……かといって、さすがにお兄ちゃんって呼ばれるのは恥ずかしいですよね?」
「…………」
「いっそのこと友一って名前で呼ぶのも面白いですね」
そう言って水川優菜はクスクスと笑った。が、さすがに俺の動揺に彼女も気づいたようで、少し心配げに俺を見やった。
「ごめんなさい。急にそんなこと言われても困っちゃいますよね?」
「そ、そう……だな……」
「じゃあ、一緒に生活する日までにどう呼ばれたいか考えておいてくださいね。それまでは先輩って呼ぶことにします」
そういうと水川は俺を置いて教室へと歩きはじめる。が、少し歩いて不意に足を止めてこちらを振り返る。
「私、昔からお兄ちゃんに憧れていたんです。一緒に暮らすのを楽しみにしていますね」
そう言って屈託のない笑みを浮かべると教室へと歩いて行った。
俺はそんな彼女を呆然と眺めることしかできない。教室へと歩いていく彼女のプリーツスカートは歩調に合わせてゆらゆらと揺れていた。
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