潤の備忘録

翔鵜

2020 夏秋 挫折

 リバウンドを取って着地した時、右足首に痛みが走った。

 審判が試合を止めてこちらを見る。敵チームの体格の良いFWフォワードが、咄嗟に黒いシューズを引っ込めた。

「潤!」

 キャプテンのえみが駆け寄る。

「大丈夫」

 立ち上がろうとしたが、ズキンと痛みが響いて動けなくなった。

 2020年、オリンピックが先延ばしになった蒸し暑い夏だった。



 星野中学は公立であるが、県で首位を争う籠球の伝統校である。

 新入部員は練習についてゆけず殆ど残らない。少数精鋭の部員である為、女子部の練習相手は男子部員が担っている。


 見学していると体が疼く。我慢できず、置き針を打った足をテーピングで固めて、練習に参加する。

「ヘックション。潤は走るな、腹筋百追加!」

 定年間近の深澤先生は鼻炎持ちで、深婆ふかばあと呼ばれている。ポケットには鼻をかんだティッシュが数枚入っていて、乾くと繰り返し使用する。


「19時だ。カーテン!」

 部活動終了時刻になると体育館の黒いカーテンを閉め、通ってくれる卒業生と練習をする。体育館の使えない日は市営アリーナまで通い、活動後は社会人チームに交じり更に練習する。

 週末は遠征試合。休日は、ない。この行き過ぎた活動が、常勝校たる所以である。

 部員達は、勉強と恋は諦めるか、がっつかないといけない。



 ところが木枯しが吹いても、捻挫は完治しなかった。普通に歩けるくらいには回復したが、自由に飛べない、走れない。

「俺達、別れようぜ」

 苛々して二歳年上の彼氏、さとしとも上手くいかなくなった。彼は昭和のアイドル好きで、百恵ちゃん似の潤の容姿を気に入っていたが、もう飽きたようだった。


 治らなかったらどうしよう……。不安はピークに達していた。

 母は『おもてなし英会話』に通い始めたし、国中がスポーツに浮き足立っている。自分だけが取り残されていくような焦りが、潤の心を悪循環させていた。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る