第3章 「未知なる異界」

第20話 外界の牙

 鬱蒼と巨木が生い茂り、鬱陶しいくらいに蒸し暑く、汗で衣類が皮膚にへばりついてくる。永遠とも思える程に緑が広がり、人工物のそれは一切見当たらない。当然ながら道は舗装されているわけもなく、獣道ですらない道なき道を、ただひたすらに歩き続ける。特段目的地があるというわけでもない。原住民がいるのであれば、彼らとの交信を試みるが、探索隊のメンバーの中で一人も存在しているとは思っていない様子。

 自信の背丈よりも遥かに高い草を掻き分けながら果てしない大地を進む。右手より視線を感じ、れんは走るのを止めその場に止まり、手を上げて部下に停止命令を下し、そのまま武装の指示をして臨戦態勢に入る。

 れんは感覚を研ぎ澄まし、空気中のエーテル、魔力など元素と呼ばれる物全てに干渉する。身体中に有りとあらゆる情報が流れ込み、感じた違和感の招待を探る。視覚情報と聴覚情報をシャットダウンし、身体その物を使い感じる。世界に接続し、干渉する、それが【世界干渉ワールド・アクセラレイション】。

 一筋のエーテルが、違和感の正体に関する情報を身体に伝達してくる。


 ───接近中。エンカウントまで十、九、八……


 情報を頼りにカウントを始める。残り六秒の所で、後ろを振り返らず部下に情報を共有する為に、口を開く。


「三時の方向、残り五秒でエンカウント」


 そう告げて、亜空間から【星天穿劍せいてんばっけん】を瞬時に取り出して右手に構える。

 ダダダダダダッッッと巨大な何かが地面を揺らし、巨木を薙ぎ倒して突進してくる。近付くにつれ、それは大きくなり、巨大な振動を地面に与えて姿を現す。


 ───ガルガァァァァァァァッッ!!!


 四足歩行のそれが、耳をつんざく咆哮で、空間を揺らす。木々が大きく左右に揺れ、背高草が風に乗って遥か遠くへと消えていく。奴を中心に広場が出来上がり、ハッキリとその姿が視認できるようになる。

 白い毛並みを持ち、琥珀色の瞳で鋭い眼光を向け牙を剥き出しにして威嚇をする、平均体長が50メートルとされる領界種、固有名【レジスティンガル】。平均序列はC〜Bとされている。探索開始から約一時間、それほど深い所まで来た訳でもないのに、かなり高序列の領界種が出現するというのは、この領域の危険度を表している。

 レジスティンガルが身体から青色のエーテルを放出し、炎のような形でその巨体を覆う。周囲に漂う豊富なエーテルを常に吸収し、それはどんどん膨張していく。吸収に伴い風が発生し、探査隊員数名が上空へ飛ばされてしまう。


「う、うわぁぁぁぁぁ!!!」


 男性隊員の軟弱な悲鳴が、天空へと消えていく。重力に逆らうように、未だ風圧によって飛ばされていく彼らを見兼ねて、レヴィは自信の異能力を発動させ隊員達を回収する。彼女の身に黒く尻尾のように突如生えたそれは、先端部分が手のような形に変化し、彼らの体を掴んで地面へと引き寄せる。


「【九尾孤狸ヌヴィエーム・テイル】」


 中国神話に見られる伝説上の生物とされる、九本の尾を持つ狐の霊獣あるいは妖怪。レヴィのそれは自身に変幻自在の九本の尾を生やす、といった単純明快な物。一見すると、れんのように強そうには見えないが、という所に強さがある。太さ、長さ、形を自在に変形させ、災害救助や奴らとの戦闘でもその力を発揮している。だが彼女も初めから変幻自在にできた訳ではない。鍛練の末に手にした物だ。彼女が黒人という枠組みだけでなく、世界的に人気を集めるのは、礼儀正しい姿勢、努力家、上下関係なく接するその心が、世界中の人々に安心と信頼をもたらしているに違いない。


「ありがとうございます、レヴィ副隊長」


「No problem。気を付けて、脚に魔力を集中させるか、身体その物に纏わせれば飛ばされることはないはずだよ」


 指示通り、隊員達は魔力を脚に集中させ風への抵抗力を強める。

 奴は強度を確かめるように、後ろ足で地面を二回蹴る。土埃が舞い、奴の足元にスモークが焚かれたように立ち込める。ガルルルッと唸り、姿勢を低くしてれんにターゲットを絞る。れんは大剣の面まで刻まれる術式へと、絶えず魔力を流し続ける。地面を揺らし、空間を割きながら孟スピードで彼へと迫る。奴は飛び上がり、前足でれんを叩き付けようとし、大きく振りかぶって勢いよく振り下ろされる。れんは即座に飛び下がり回避した。二本の前足はバゴォォォンッと音を立てて地面に叩き付けられ、大地を切断する。小石の雨が降り、コツコツと体に少量のダメージが生じる。


星喰せいぐう剣技双【臨界リント】」


 ゆっくりと、威厳のある声色で業銘を呼ぶ。

 白と黒の光の帯が剣身に纏わり付き包み込む。れんは大剣を両手で持ち、後ろに構える。足に魔力と力を込め、一気に駆け出す。微細な魔力粒子が一歩踏み出す毎に、辺りに緑色の残留が散布する。

 奴の前足移動し、横に一閃。パンッと白い筋が空間に現れ、剣身が纏っていた白と黒の光の帯が命を得た生き物の様に動き出し、白い筋に向かって奴の足を固定するように縦に突き刺さる。全てが突き刺さったのと同時に、空間が破裂する。前足の下部が綺麗に消え去り、呻き声と共に体勢が崩れる。

 一切の合図を必要とせず、その瞬間に各員が散会し一斉に攻撃を仕掛ける。だが、刃が届く寸前で奴が体内のエーテルを一気に放出し、波動の波が彼らを襲い、攻撃を防ぐ。れん達は受け身を取ることでなんとか体勢を立て直す。奴は周囲のエーテルを消えた前足付近に集めだし、やがて足を形成していく。


「させるか!」


 男性隊員が技式、【四境剣線スターニル・スクエア】を発動させ駆け出す。 奴の半透明な足目掛け放たれたそれは、正方形を描く。刃は足に正確に進んで行くが、まだ完全な形になっていない為に空を斬ってしまう。軽く舌打ちをして、そのまま別部位へ追撃に走る。それに続いて他隊員も技式を発動させていく。

 様々な色の光の筋が奴の周りを駆け巡り、周囲を彩る。後ろ足、腹部、尻尾へと斬撃を与えていく。奴から赤い血が飛び、衣類や頬に付着する。それでも、奴は鳴き声一つ出さずに、じっと前足の完成を待っている。

 れんとレヴィは同時に地を蹴り、互いに異能力を発動させる。


「【世界干渉ワールド・アクセラレイション】=世界境ワールド・レーン=」


「【九尾孤狸ヌヴィエーム・テイル】=燐尾セーム・テイル=」


 れんの五感の内、視覚が強化されエーテルの流れが可視化される。空気中にあるエーテルや魔力は、普段酸素などと同じように見ることができない。人間と違い、魔物や領界種は視認することができるようになってはいるが。それを可能にするのが、世界に干渉できる異能力を持つ彼の特権に近い。色が見えると言うよりは、流れが見えるようになる、に近い。中には、人間の発するオーラから物体のオーラなど、全てをオーラとして視認することができる異能力を持った者もいるようだが。


 レヴィは飛び上がり、九本の尾の先端を奴に向けて、一本一本広げる。そして超高速で奴の頭部へと打撃を繰り出す、何度も何度も。次第に速さは増していき、その尾一つ一つが炎を纏う。摩擦によって炎を生み、エーテルを取り込み続けることで無限の炎を作り出し、自分の活動限界まで相手を殴り続ける技。時間が経つに連れて、スピードは上がり、炎の温度も上がる、まさに無限の拳火。


 その殴打に、初めは反応を示さなかった奴も、炎を纏い、連撃スピードが上がるつれて、苦痛を浮かべ鳴き声を漏らす。


 エーテルの流れが一番濃い場所、核を探す。うようよと動く流れを辿ると、一番濃い場所は奴の右肩を中心に、右胸辺りだった。れんはそこを注視し、疑問を抱く。


 ───何故あんな所にエーテルが集中している……


 通常集中するはずの場所ではない所に、エーテルの流れが集中してしまっている。これは本来ならありえない現象だ。そう、本来なら。

 

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