第12話 委員会

 時刻は八時、座席にて。いつも通り魔法学についての本を読み進める。教室には、まだほんの数名程しか来ておらず、隣の席の輝夜かぐやも来ていなかった。


 魔法学。魔法全般のことが記載されている著書で、魔法に限らず、魔物や魔力など“魔”に関することが書かれている。氷継ひつぎが今読んでいる本は、全三冊からなるシリーズ物になっており、そのNo.1の第二章『魔法と魔術』───一冊全七章からなる───を読んでいる。


 魔法と魔術。あまりここに関しての研究は成されていないが、一括りに言えば、似て非なる物。

 使う媒体は同じ魔力ではあるが、魔術は魔法とは違い、魔法は詠唱をし魔法陣を出現させることで、業をこの世界に顕現させる。

 対して魔術は、詠唱をし指や杖などに魔力を込めて、空中に詠唱している言葉を綴ることで、業をこの世界に顕現させる。


 こういった物が大量に書かれているのが、魔法学の本。そもそも、あまり学生でこれ系統の物を読むような人はいないが。


「……これを想解エーテル術式に応用できねぇかな」


 氷継ひつぎが採用しているのは、魔法と同じく詠唱のみのタイプ。これは単に、魔術より魔法が普及していたからという理由で採用している。

 そもそも、魔術は魔法を一般化してからは、魔術その物が衰退している為、情報が少なすぎる。昔実在したとされている、錬金術師は一般化されていた魔法ではなく、魔術を用いて金を錬成しようとしていたとか。まあどちらかと言えば、科学的要素が強かったが。

 魔法が一般化されてからは、それだけの歴史があるが、それと同時に魔術に関する情報が殆どないというのも、また事実。


 二章丸々読み終わる頃には、席の殆どが埋っており、本を閉じた所でいつの間にか隣に座っていた、輝夜かぐやに声をかけられる。


「おはよう、八坂君。朝から勉強熱心だね」


「おはよう、天宮さん。来たときに声かけてくれればよかったのに」


「あまりにも夢中で読んでるから、なんだか声かけるの申し訳ないなって」


 そう微笑み返す輝夜かぐやに、氷継ひつぎは胸の高鳴りを覚える。氷継ひつぎとて男子なので、彼女のような美人に真正面からキラキラの笑顔を向けられると、ドキドキしてしまうものなのだろう。

 その証拠に、珍しく氷継ひつぎが固まっているのが、眼に見えて分かる。


「どうしたの?」


「ああ、いや。なんでもねぇよ」


 輝夜かぐやが怪訝そうな表情で、氷継ひつぎの顔を覗いてきた。その問いで我に返り、自身の心情をひた隠すように答えた。


 聞き慣れたチャイムが流れ、その音と共に教室中に散らばっていた生徒達が、一斉に自席に付き、数秒後に女性教員の担任が教室のドアを開け、入室してきた。


「皆さん、おはようございます。先ずは連絡事項から。昨日は【領界種】の侵入があったので、今日から一ヶ月間、現役軍人の方々が周辺の警戒を強化してもらっています。ですが、いざとなれば、貴殿方学生にも迎撃を行ってもらいますので、覚悟をしておいてください」


 担任からの一言にクラス中に動揺が走る。彼、彼女らは、まだ自覚していなかった。自分達がもう、守護まもられるだけの立場ではないと───守護まもる立場であるということを。

 氷継ひつぎ輝夜かぐやは当然といった反応、というよりほぼ無反応だった。


 ───そら、そうだろうな


 氷継ひつぎは心の中で、めんどくさそうに呟いて、頬杖をつく。クラス中が騒がしくなり、皆が「なんで自分が」などと、口々に言い合っていた。まあ、その大半が貴族などの上流階級の者達だが。


 ───まあ、そうだよねぇ……


 輝夜かぐやもまた、心の中で呟く。彼女は幼少の頃から、父親と”外“に出向いて訓練と称して【領界種】やら【魔物】と───勿論、低序列の物とだが───戦闘をした経験がある。


「はいはい、静かに。皆さんはもう、昨日から高等部です。自覚を持って下さいね」


 担任の一言に、全員が押し黙る。とは言え、全員がしっかりと納得した訳ではないが。


「それじゃ、今日の予定を確認していきます。まず一限目は委員会を決めます。二限目は、学年全体でその委員通しで集まり、活動の説明を受けます。三限目から六限目までは、演習場にてバディを組んでの模擬戦を行います」


 ───っな……バディって、俺には無理だろ


 氷継ひつぎは、ハッと顔を上げて目を見開く。表情はひきつり、若干冷や汗を流している。隣に座る輝夜かぐやは、そんな氷継ひつぎを見て頭上にハテナマークを浮かべていた。


「八坂君?どうしたの、冷や汗なんかかいて……」


 左手を口元でメガホンの形を作り、小声で氷継ひつぎに話しかける。


「いや、なんでもねぇよ。なんでも……」


 彼女から目を逸らして、苦笑いを返した。

 担任は、黒板に委員会を書き出して話を進める。この学院では、生徒一人一人が必ず委員会に入り、活動していかなくてはいけない決まりがある。


「それじゃあ、この中から決めてもらいます。人数は決められていませんが、あまりに塊過ぎている場合は、簡単にじゃんけんで決めてもらいます。それでは、五分間で吟味してください」


 そう言うと、静かに聞いていた生徒は弾けたように近くの人と話を始めた。そんな中、氷継ひつぎは一人黒板とにらめっこをしていた。


「どうしよう。めんどくせぇぞ、これ」


 一人小さく呟く。これまでの学生生活で、氷継ひつぎは委員会などの“面倒事”を全て回避して、勉強とトレーニングに力を注いでいた。だが、今回ばかりは強制なので逃げようがない。


 ───いや待て待て、武具整備オーバーホール委員会って何だよ。素人には無理だろそれ。え、もしかして、皆メンテ自分でできんの?


 そう。領域探査学院には普通の学校にはない、特殊な委員会が多数存在する。というか大半がそう。委員会、と大それた名がつけられてはいるが、どちらかと言えば、部活やクラブ何かに近しい物。


武具整備オーバーホール委員会

□武具製作委員会

□大魔法研究委員会

□エーテル研究委員会

□総務委員会

□漫画研究委員会

□心を清める委員会

□映画鑑賞委員会

□図書委員会

□生物飼育委員会


 と、こんな感じで。生徒が委員会を立ち上げることもできる、いわば学院内での娯楽の様な物。

 氷継ひつぎは、そんな中から一つの委員会に目をつけた。


 ───よし、決めたぞ。生物飼育委員会にしよう。一番楽そうだしな!


 氷継ひつぎ一人、首を上下に動かして頷く。


「ねぇ、八坂君。何にするか決めた?」


 氷継ひつぎの様に、一人で黙々と考えていた輝夜が問いかけてきた。氷継ひつぎは、少しどや顔気味で答える。


「ああ、生物飼育委員会にすることにしたよ。一番楽そうだからな」


 その言葉に輝夜かぐやは、あっと言葉を漏らして、一瞬沈黙して口を開く。


「えぇーと、本当~にそれでいいの?」


「へ?いや、何がだ?」


「……んーん、なんでもないよ~、なんでも~」


 氷継ひつぎは、頭上に疑問符を浮かべて聞き返したが、輝夜かぐやは微妙な間の後にはぐらかす。疑問に思った彼だが、特にそれ以上言及はしなかった。


 その後、無事氷継ひつぎは生物飼育委員会に所属が決まり、同じ委員会になった複数のクラスメイトと飼育場に向かうことになった。

 飼育場は地下にあり、【地下防都領想区域】の一角で飼育を行っている。一角、と言ってもかなりの敷地を使っているが、どうやら更なる土地拡大も計画されているらしい。


「あの、生物って何飼ってるんだ?兎とか鶏とか?」


 氷継ひつぎは隣を歩くクラスメイト、瀬李せり悠香はるかに問いかける。


 瀬李せり悠香はるか。彼女は貴族ではないが、この学院では知る人ぞ知る有名人。ロングの黒髪に色白でセルリアンブルー色の眼で、少しつり目気味でクールな印象を与える。そんな彼女の通り名は、【マジの悪魔付き】。まあ、氷継ひつぎには知るよしもないが。


「え?そういう可愛いのは飼ってないはずだけど……」


 氷継ひつぎはまたもや頭上に疑問符を浮かべ考え込んだ。そんな彼に悠香はるかは、苦笑いを浮かべ、口を開く。


「まあ、行ってみればわかると思うよ?」


 何か含みのある答えに、また疑問符を増やすが、結局何を飼っているのかは聞かなかった。


 そしてとうとう飼育場に到着し、氷継ひつぎは今、とてつもなく巨大な檻の前に立ち尽くしていた。ここで飼っているのは、彼が 想像していた可愛らしい小動物なんかではなく、むしろ、もっと巨大で狂暴な生き物だった。


「な、なんじゃこいつらはァァァァァ!!」


 巨大な檻の中にいるのは、地球や領域の守護者、救世主であり、人類の敵と言われる【領界種】だった。氷継ひつぎは訳もわからず、大声で叫ぶ。


「こら、静かにしないとこの子達が怖がるでしょ!」


「あ、ああ。悪い」

 

 悠香はるかに怒られ反射的に謝罪したが、正直な話、彼は全くもって状況に頭が追い付いていない。


「っあ、氷継ひつぎじゃないか!君もこの委員会にしたんだ」


優奈ゆうだい。お前もここなのか」


 氷継ひつぎ達が来た道から、優奈ゆうだいのクラスである、Ⅰ組がやって来た。彼は氷継ひつぎを見つけた途端、普段は聞くことができないくらいに声のトーンが上がり、周りが少し困惑しているのがわかる。


「おい、優奈ゆうだい。これ、どういうことだ。まじでこいつら飼ってんのか?」


「うん、飼育するのは一人一体って決まりがあるくらいだよ。……もしかしてだけど、知らなかったのかい?」


「はぁ……やっぱ漫画の方がよかったかも知れねぇ」


 他クラスのメンバーも揃い、委員会担当の教員によって説明を受けて、放課後に飼育を担当する一体を決めることとなり、各自教室へと戻された。


 

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