第6話 模擬戦─八坂氷継VS峯乘優奈

 輝夜達の模擬戦から数時間後。ボロボロになった会場と変換想置の修理、二人の回復などが終わり、次で最後の試合となった。他にも一年生はいるが戦闘の激しさを見て若干気後れしてしまい、今日は遠慮すると申し出ていた。


 最後の試合は優奈ゆうだいが出るのだが、相手がいなかった為、氷継ひつぎが出ることになった。


「こうやってお互いに剣を向け合うのは何年ぶりだっけ?」


 氷継ひつぎに二振りの剣を向け、笑みを浮かべる。


「そうだな……大体十年ぶりくらいじゃないか?」


 氷継ひつぎは背中に背負った黒塗りの剣を引き抜いて応える。二人が幼馴染と言えど、貴族と平民ではその壁の厚みが邪魔をして成長していく中で段々と疎遠になっていった。通う学校も違った二人だ、仕方ないだろう。


 ───さっきの戦闘で回路にかかってた鍵自体は外れているが、俺の手の内は全てバレてるも同然なんだよな……


 想解エーテル術式の基礎を創ったのは、氷継ひつぎ優奈ゆうだいの二人。こういった場から何年も離れていた氷継ひつぎと成長を続けてきた優奈ゆうだいとではかなりの差。それに術式は当時から一切更新していない為圧倒的に不利なのだ。


「俺とお前の差がどれくらいなのか見るいい機会だ」


「悪いけど、負けるつもりはないよ」


 優奈ゆうだいの左手に握られる紅剣、【開闢ノ紅星かいびゃくのこうせい】。世界の始まりと共に産まれたとされている【開闢ノ誓盟かいびゃくのせいめい】を元に造られた剣。剣の概要は政府によってあまり公開せれておらず、非公式にそれを模造すれば犯罪に咎められる。

 右手に握られた黒剣、【刻霧こくぎり】。氷継ひつぎと共に剣の腕を磨いていた幼少期の頃から所持していた愛剣。その時はまだ持つことすら困難だったが、鍛錬の末に中等部二年の頃にようやくまよもに扱える様になった。素材はミスリルをベースに魔星石とエーテリウムを加えた一品。


 彼が最上位一神級貴族───天皇の息子である証拠だろう。


「【刻霧こくぎり】か、全く持ち上がらなくて泣いてたお前が懐かしいな」


「っちょ、それ恥ずかしいんだから思い出さないでくれよ〜」


 優奈ゆうだいが少し眼を見開きながら顔を赤らめる。


「両者、構え!!」


 氷継ひつぎは右手に持った剣を前に、左手と左足を後ろに引いて構えを取る。

 優奈ゆうだい氷継ひつぎと同じ構えを取る。


「同じ構えなのね、あの二人」


 観客席にいるしずくが口を開く。二人が幼馴染であることは優奈ゆうだい本人から嫌というほど聞かされた───自慢された訳ではない───ので知ってはいたが、スタイルが同じなどそういった所は一切聞いていない。


「これ壊れちゃうんじゃない?」


 輝夜かぐやが危惧するのも無理はない。構えただけで凄まじい圧が二人の間を駆け巡り殴り合っているのが客席にまで伝わってくる。


「───始めぇえ!」


 開始の合図を聞き届け、二人は全身にエーテルを巡らせ式を展開する。

 氷継ひつぎは刀身に刻まれた文字を剣先に向かって左手でなぞる。

 優奈ゆうだいは双振りの剣を体の前でクロスさせ刀身に刻まれた術式を起動させる。会場に煌めく三つの剣が紅く轟く。


「「【紅き彗星レッド·ミーティア】!!」」



 同時に式を起動し両者共に突進攻撃を行う。彗星の如く星躔を描き、やがて衝突して紅い閃光が爆発し火花が飛び散る。観客席にまで凄まじい爆風が襲い、全員が思わず顔を腕で覆って風を防ごうとする。


 氷継ひつぎがバックステップで距離を取り、すかさず優奈ゆうだいが追撃をする。【刻霧こくぎり】を上段から振り下ろし【開闢ノ紅星かいびゃくのこうせい】を氷継ひつぎの腹部へ目掛け、右から左へと薙ぎ払う様に向ける。


「───ック!」


 歯を喰い縛り、上から振り下ろされた刃に黒剣でガードし、左手で障壁の式を造りギリギリで防ぐ。腕等の体の一部に式を書き込んで置くことで、式を唱える必要が無く、エーテルまたは魔力を流すことで素早く展開させることができる。


 ───くっそ、緊急用の仕込みをもう使っちまった……


 氷継ひつぎは右へと勢いよく飛ばされ、激しく壁に激突する。


「───ッグハ!?」


 パラパラと壁の破片が床に落ち、続いてドサッと氷継ひつぎも床に落ちる。ゆらゆらと立ち上がり、再び剣を優奈ゆうだいに向ける。


 優奈ゆうだいは【刻霧こくぎり】にエーテルを【開闢ノ紅星かいびゃくのこうせい】に魔力を込めながら、ジリジリと氷継ひつぎに近寄っている。彼の表情は戦闘前の柔和な表情など微塵も感じさせない無表情へと変貌していた。


「……その顔は変わんねぇんだな。昔ッからその顔だけは怖かったぜ」


「……君には言われたくないけどね。その顔になった時だけは絶対に止められない、暴走車両みたいで怖かったよ」


 氷継ひつぎはニッと口角を吊り上げて立ち上がり、周囲のエーテルを巻き込みながら体内を巡回するを大量に放出し、優奈ゆうだいに圧をかける。その圧は感覚だけでなく風圧すら生み出し、優奈ゆうだいの髪を撫で、観客席にまで達し、輝夜かぐや達は思わず腕で顔を覆う。


 優奈ゆうだいはおもわず足を止め、キッと氷継ひつぎを睨む。

 氷継ひつぎも黒剣にエーテルを流し次なる業の準備を始める。小さく息を吐き出し、優奈ゆうだいへと駆ける。


「想いを司す不滅の誓いよ、汝の歩みの為の脚となれ───【宿脚クルース】!!」


 右足、左足それぞれに緑色の円型の陣が現れ、腰まで登り脚力が強化される。

 次第に距離を縮めていき、その間刀身を左手でなぞり、式を構成する。一瞬、黒剣に技の予兆、稲妻が走ったことで、優奈ゆうだいは【閃光ライトニング·スピア】だと予想し、それに合わせる様に動き出す。


 優奈ゆうだいは紅い閃光を身に纏い、氷継ひつぎに向かって駆け出す。


想継エーテル剣技式【霹靂閃電リヒト·シュトラール】!」


 氷継ひつぎは全身に激しく唸る雷を身に纏い、優奈ゆうだいへと突進する。


想継エーテル剣技式【雷霆万鈞バースト・エクレール】!!!」


「んな!?」


 予想が外れ優奈ゆうだいの頬を、脚を、腕を纏った雷が掠める。


 【雷霆万鈞バースト·エクレール】。初動の動作が【閃光ライトニング·スピア】に似ており、これの上位に当たる存在の業。それ以降の攻撃は全く異なっており、想解エーテル剣技式の中で一位を争う程の圧倒的激しく力の強い物。連撃数は45、それも超高速で繰り出される。


 【霹靂閃電リヒト·シュトラール】。【閃光ライトニング·スピア】の完全上位互換に当たる業。連撃数は同じ一突きではあるが、比べ物にならないくらいに威力が倍増している。


 自身を雷とし、上下左右、四方八方から優奈ゆうだいへと斬り続け、身体の耐久力が低下していき、氷継ひつぎの身体から骨という骨の軋みが生まれ、大きく音を響かせる。


「あがぁ!?───っくそがぁ!!」


 優奈ゆうだいは痛みに顔を歪ませ、口調が荒くなる。いつもは穏やかな表情に口調と貴族らしさが出ているが、いざ戦闘になると氷継ひつぎの様に口調の荒さが現れる。


 彼が氷継ひつぎに憧れを抱いている証拠だろう。


「───!!」


 そして上段から振り下ろされた黒剣によって、咄嗟に双振りの剣で防御の姿勢を取れはしたが、激しく荒々しい力によって地面に叩きつけられる。バゴォォォンと大きく音を立て、床を大きく凹み煙が立ち込める。


 エーテルによって顕現された雷の鎧が消え去り、氷継ひつぎ優奈ゆうだいの姿を確認するために、エーテルを黒剣に込め右へ一閃。煙はブワッと跡形もなく消え、クレーターが露になる。


「───っまずい!?」


 しかし、そこに彼の姿はなかった。

 氷継ひつぎが後ろを振り向き防御を取ろうとするが、時既に遅し。


「───想継エーテル剣技式【超新星の輝きノヴァ·グランツ】!!!」


 あの時、防御を取り地面に叩きつけられるほんの僅かの所で、彼が持つ異能力を使いその場から氷継ひつぎの後方へと高速で移動したのだ。


 【超新星の輝きノヴァ·グランツ】。連撃数は僅か6。だが、放たれる一つ一つが高威力でありその速さは星が輝くその一瞬の様に高速。見えざる剣撃と言ってもいいだろう。


「はあぁぁぁあ!!」


「ッあがぁ!?」


 その6撃を背中にもろに受け、大きく吹き飛び観客席に張られた障壁へと激突する。障壁は氷継ひつぎを中心に波紋が広がり大きく波打った。幸い、障壁は割れることはなかった。


「ッがは!」


 そのまま重力に逆らえもせずに落下し、地面に叩きつけられる。両手両膝を地面に付き思わず咳き込む。口内から吐き出されたのは真っ赤な液体。それを眼にした氷継ひつぎの心臓が高速で鼓動を繰り返し、さっきよりも息が荒くなっていく。


 ───くっそ。変換想置が壊れたか……?ヤバイな…………血が…………


 地面に付着した血から眼を反らして体を起こし、呼吸と整えつつ優奈ゆうだいに剣先を向ける。


 変換想置に不具合が生じたことでアラームが作動し、場内に響き渡る。


「コヒュー……コヒュー……ハァ………スゥゥゥゥ……ハァァァ。知らねぇ業だな……それ…………」


「コヒュー……コヒュー……あ、ははは……奥の手だったんだけどねぇ…………これで気絶でもしてくれれば───良かったのに!!!」


「───ック!」


 が、その音は二人の耳には届かず、試合を続行してしまった。


「ちょっとちょっと、二人共!止まってよ!」


 郷花きょうかの制止の声も届かず、刃と刃が交わり火花が飛び散る。業は使わず、己の鍛えた肉体だけで剣を動かし、お互い急所を狙い続ける。


「…………いい加減に──────しなさい!!天河流律刀術、刀技式【霧焉刀むえんとう】!!!」


  刀の刀身に霧が纏わり付き世界と同化し隠される。素早くも静かな足取りで二人の間に入った。二人の世界に急に現れた郷花きょうかに驚き攻撃から防御の姿勢に移行する。


 振るわれた刃は二人のつるぎに接触し、その刀身にある霧が二人のエーテルを封じ、剣を腕ごと拘束する。


「二人共、もう終了の合図は出しましたよ」


「…………はい」


 短く返して鞘に黒剣を納める。


「…………ごめんなさい」


 謝罪を述べて双振りの剣を鞘に納める。


「今回は何も起きなかったからよかったですが、あのままいけば、どちらか死んでいましたよ」


 郷花きょうかは怒気を孕んだ言葉で二人をその場で叱りつける。


「大体ねぇ想置が壊れ─────」


 ───ああ、これ長くなるやつだ


 氷継ひつぎは心の中で呟き、黙ってその言葉を聞き続けることにした。


 ───長くなりそうだなあ……


 優奈ゆうだいもそう思いながらも、反省しつつしっかりと聞くことにした。


 数分に渡るお説教。それに終止符を打ったのは学院に設置された警報アラームだった。

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