第7話 襲来

 ビイィィィィィッ!とけたたましく響き渡る警報アラーム。一気に緊迫した空気へと一変する。


『緊急事態発生、校内に【領界種】の侵入を確認しました。教員は直ちに生徒の避難を完了させ、軍の到着まで死守してください。繰り返します───』


「もうここまで侵攻が進んでたなんて……兎に角、地下シェルターに移動します。くれぐれもはぐれないように!」


 郷花きょうかの指示に全員頷き、入り口に移動する。


 地下シェルター、正式名称【地下防都領想区域】。ここは地下鉄も通過するほどに発展している、第二の都市。地上を放棄しなくてはならなくなった時に備えて、約20年前から全世界が開拓に力を入れている。食糧、住居、整備された道、移動手段など今ではかなり整ってきている。地下鉄の改札口から出入りができるので対策は万全と言えるだろう。


 入り口を出ていざ動く歩道に乗ろうと思ったが、扉の先は人で詰めに詰め込まれ、本当に稼働しているのかすら怪しいほどだった。


 ───おいおい、これは設計ミスだろ


 氷継ひつぎは苦笑いを浮かべ、人の波に揉まれる。


 ───さ、流石にこれは別で通路を作った方がいいんじゃないかな……


 優奈ゆうだいは呆れ顔になりながら、人混みに飲み込まれる。


 ───っあ、ちょっと身動きが……あぁぁぁぁぁ…………


 輝夜かぐやは心の中で悲鳴を上げながら前へ前へと押し出されていく。


「っと、危ない危ない。捕まっとけ」


「あ、危なかった……ありがとう、八坂君」


 氷継ひつぎが押し出されていく輝夜を寸のところで腕を掴み胸に抱き寄せる。普段の輝夜なら紅潮し即座に離れる所だが、状況が状況の為か、そういった素振りは見せていない───今の所は。

 彼も彼でそういったことには意外と疎い為気付いてすらいない。


「全く、気をつけてよ?輝夜かぐや~」


 気の抜けた声で歌織かおりが話し掛ける。


「う、うん、気を付けます……」


 輝夜かぐやは苦笑いを浮かべながら答える。


 ───あ、足が取られて……動けない……


 しずくは足を取られ体勢が傾き、思わず転けそうになる。そこに優奈ゆうだいが手を腰に伸ばして支えた。


「おっと、大丈夫かい?しずく


「ええ、大丈夫よ。ありがとう」


 ───バァァァァァァッッ!!!


 通路の外側から防音を突き破るほどの咆哮が校舎を揺らす。ぐらぐらとまるで地震でも発生しているのかと錯覚してしまうほどの揺れ。


 ───……近いな。まさかとは思うが、壁突き破って来たりしないよな?……これフラグか


 氷継ひつぎは心中で呟く。まあ、後にこの懸念を後悔することになるが。


 ようやく演習場の出入り口が見える所まで人が進み比較的歩きやすくなっていた。氷継ひつぎ達は比較的落ち着いた心持ちで周囲の警戒をしつつ慎重に進んでいく。


「なあ、優奈ゆうだい。お前らって実戦経験ってあるのか?例えば……他領域での課外授業とか」


 氷継ひつぎは左隣を歩く優奈ゆうだいに問いかける。


「いや、そういう授業は高等部からだよ。だから殆どの人は未経験だね」


 その返答に氷継ひつぎはなるほどなと納得する。先程の阿鼻叫喚が飛び交う通路、もし実戦経験があればあそこまで絶望した表情にはならないはず。だが、今日は進級したばかりの雛が上級生よりも多かった為、こういう事態に陥ってしまったと推測した。


 刹那、前方から大きな崩落音が鳴り響く。通路の右側の壁が物の見事に破壊され、数名の生徒がその勢いで壁に吹き飛ばされる。あちこちで絶望した悲鳴が走り、現れた化け物の咆哮によって打ち消された。


 ───バァァァァァァァァァァッッ!!!


 再び校舎を揺らす。鮮明な声と共に。崩壊した穴から現れた巨体には手の代わりにハサミがついており蟹を連想させる面立ちだった。全身が硬く黒い鎧の様な甲羅を身に纏い、暴君の様に暴れる。


「な、なんでがここに!?」


 郷花きょうかが驚きの表情を浮かべて刀を抜刀する。


氷継ひつぎ、まずいことになったよ。あれは……【領界種】の中でも上位に位置する化け物。【星座級】だ……!!」


 優奈ゆうだいは声を震わせながら氷継に告げる。

 【星座級】。【領界種】や【魔物】にも序列が存在し闘級が制定されている。その中でも高い序列に位置する闘級、それが【星座級】。その殆どが、SSS中A+以上と化け物揃い。星座になぞらえた姿をしていることからその闘級が名付けられた。圧倒的なエーテル保持量、凶暴性から軍や組織から討伐に送られる者も高い序列かつ、大人数の場合が多い。この場に現れるなんてまず有り得ない存在。


「そんな怪物がなんで、こんなとこにいんだよ!!」


 氷継ひつぎ輝夜かぐやの腕を離して、背中から黒剣を抜刀し構える。エーテルを身体から放出し、に自分の存在を気付かせる。

 化け物は顔を左に旋回させ、氷継ひつぎを視認する。途端、エーテルが込められた咆哮が放出され氷継達を襲う。


 ───間に合え……!!!


 氷継ひつぎは心の中で呟き、術式を唱える。


「想いを司す不滅の誓いよ、汝を護る盾となれ───想解エーテル術式【宿壁スクートゥム】!!」


 想いを乗せた言葉を紡ぐ。ありったけのエーテルを込めて。氷継ひつぎを中心に展開された巨大な半透明の盾。イージスの盾を連想させる姿をしている。

 氷継ひつぎは左手を開きながら突き出し、咆哮を抑える。


「早く壁に穴開けて外に出ろ…………そんなに長くは、持たねぇ……!!」


 氷継ひつぎは息を切らしながら優奈に向ける。


「わかった!」


 優奈ゆうだいは雫から手を離し、双振りの剣を抜刀する。


想解エーテル剣技式【霹靂閃電リヒト·シュトラール】!!」


 左側の壁に向けて業を放つ。剣先が突き刺さった箇所から皹が広がり、やがて広範囲に。壁はバラバラになり外へと吹き飛ぶ。優奈ゆうだいを先頭に外へと避難する。氷継ひつぎは横目でそれを確認し、再び盾に集中する。

 ミシミシと音を上げながら次第に皹が広がっていく。


「───ッグァ!!ッッグホォア!!」


 パリンッと盾が弾けて砕け、咆哮の風圧で奥に飛ばされ演習場の壁に激突する。


 ───くっそ…………さっきの傷がッ!


 左手で腹部を押さえながら剣を杖のように使って立ち上がる。そのまま黒剣にエーテルを込め業を出す。


「【紅き彗星レッド·ミーティア】!!」


 優奈ゆうだいの様に左側の壁に向けて放たれた一撃。壁に穴を開け氷継ひつぎも外に素早く移動する。


「こっちだ氷継ひつぎ!」


 優奈ゆうだいが手を振り居場所を伝える。


「おう!」


 走ってそこまで移動し、剣を構え直す。領界種は壁を突き破り氷継ひつぎを追うように猛スピードで迫ってきていた。


優奈ゆうだい!ここはなんとか持ちこたえるぞ!!」


「わかってるよ!」


 エーテルを剣に流し次なる業を整える。


「支援するよ!想解エーテル剣技式【剣姫の声援クシポス·シンフォニア】!!」


 【天誓てんせい】を天高く掲げ業を発動する。エーテルによって氷継ひつぎ優奈ゆうだいの傷の回復速度上昇、腕力上昇、脚力上昇のバフを付与する。


想解エーテル剣技式【神心ノ舞フェアリー·テイル】!!」


 氷継ひつぎは剣を中段に構え一気に駆け出す。


想解エーテル剣技式【一刀十騎プロートン·リッター】!!」


 ワンテンポ遅れて優奈ゆうだいが駆け出す。

 が右腕を唸らせ氷継へと一直線に走らせる。エーテルが込められた一撃を五連撃の突きで防ぎ、そのまま懐に飛び込んでニ連撃を食らわせる。隙が生じた氷継ひつぎへと左腕が迫る。が、氷継は防御の姿勢も取らずその場に制止したまま。


 寸のところで優奈ゆうだいが双振りの刃で突きを与える。それに続いてエーテルで形成された十の刃がの左腕を襲う。

 氷継ひつぎ優奈ひつぎは目配せをし笑みを浮かべる。


 はその猛攻に一瞬怯みそのまま後ろに下がった。大きな咆哮を上げ両腕を前に突き出した。


 ───な、なんだ?何が来る!?


 突き出した両腕に周囲に漂うエーテルが集い、膨張していく。大きく、大きく膨れ上がり一つのエネルギー体として放出される。


「ッ!?優奈ゆうだい!!」


氷継ひつぎ!?」


 氷継ひつぎは咄嗟に優奈ゆうだいをエネルギー体の範囲外へと背中を勢いよく押し出した。そこには氷継ただ一人残された。


「くっそ!!どうにでもなりやがれぇ!!想いを司す不滅の誓いよ、汝を護る刃となれぇ!!想解エーテル術式【剣理エーティル】!!!」


 その言葉と共に氷継ひつぎはエネルギー体に飲み込まれた。



 


 

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