気を確かに!!~推しを巡るオタクたち~

東屋猫人(元:附木)

京都編

第1話 「気を確かに」初めての遠征


 寒々とした冬空の下、速水観月はぽつりと一人で立っていた。時折いそぐかのように時計を見ては周りを伺うというのをこの五分程の間繰り返している。さもありなん。只今の時刻は九時三十八分。四十四分のバスに間に合うようバス停で待ち合わせと決めていたはずなのに、誰も来ない。

——そう、観月も所属する、歴史探索サークル「気を確かに」のメンバーが、誰一人として。誰一人としてといっても、あと三人だけなのだが。


「ほんっとどこにいるの、皆……?私だけ時間か場所を間違えてるとかじゃないよね……?」


流石にここまで誰も来ないとなると、誰だって不安になって来るというものだ。それも今回は京都まで足を伸ばすサークル合宿のようなものなのである。メンバーは先輩で大学三年の恩田祐樹、同じく播本真紀。それに加えてこの速水観月と、同学年の岸本ちづきの四人だ。先輩が来ないのはともかく、岸本までもが来ないというのはどういうことだろう。何かトラブルでもあっただろうか?とラインを開くと——


「おっはよう観月!」

「うっっわぁ‼」

「驚いた?驚いちゃった?」

「当たり前だよ、もう‼遅いし‼」


あははーごめんごめん!と言ってのけるのは岸本だった。なんでも寝坊して大急ぎでこちらへ来て、その勢いのまま観月に突進してきたそうだ。はた迷惑にも程がある。他にバス待ちの客がいたらどうするつもりだったんだ。


「あれっそういえば播本センパイと恩田センパイはー?」

「それがまだ来てないんだよねー。あと三分でバス来ちゃうのに、どうしよう。」


既に時計の針は四十一分を指している。それにもかかわらず先輩達の姿は見えない。とりあえずラインを入れておく。「何かありましたか?バス来たら乗ってしまいますが宜しいですか。」送信、と。これでとりあえず何かしらの返信があれば安心なのだが。


すると予想よりずっと早くに既読マークが付く。おお?と二人で眺めていると、しかし返信は来ない。ただ見ただけのようだ。全く、自由なんだから……と嘆息していると、ついにバスが到着してしまった。連絡を入れた通り乗り込む。時間調整で少し止まる旨のアナウンスが流れていた。……が。然しその間にも先輩達は姿を現さない。はやく、はやく、と願いを込めて歩道をきょろきょろと見渡しているが、それでもやはりどこにもそれらしき姿が見当たらない。


すると、思いもよらぬ方向——大学の敷地内から、二人分の人影が飛び出してきた。あれは、恩田先輩と播本先輩だ!ホッと息をつく。良かった、ギリギリで何とか間に合ってくれた。……あれっ、それにしても、何故休講期間の今、大学に?


「ごめんごめん!ライン入れてくれて助かったよ!」と播本。

「あぁ、やらかすところだった……申し訳ない……。」と恩田。

「そもそも、何で大学内に?何か落とした単位でもあるんですか?」

「あっはっは~、容赦ないね速水ちゃん!ぶっとばすぞ!」


これを作ってたのよ、これこれ!と手渡されたのは、「旅のしおり」。薄めのものだが、がっつり作りこんであるようだ。みっちりと文章が記載されている。


「センパイ、どうしたんですか?旅のしおりなんて随分久しぶりに見ましたよ!」

「そうですよ。作るの手伝ったのに。」


後輩二人は文句ぶーぶーである。しかし先輩諸氏は

「サプライズよーサプライズ!こういうのがあった方が楽しいでしょ?」

等と言っている。……まぁ、確かにそれはそうなので反論の余地もない。二人の努力の結晶らしき旅のしおりを見てみると、しょっぱなから「「気を確かに」初の遠方探索!気合いを入れて探索しよう!迷子にはならないでね、置いてくよ!」などと書かれている。

このメンバーの中で一番迷子になりそうなのはこれを書いたと覚しき播本なのだが……なにも言うまい。一枚ページをめくると、本日の探索ラインナップと称して京都駅周辺の史跡や観光地が地図とともに書き出されていた。


・京都劇場……高級感溢れる劇場。ご飯も食べられます。

・東寺……空海がいたお寺さん。唯一残る平安京の遺構、国立の寺院、密教の寺院。

・羅城門跡……「羅生門」に登場する。おばあさんが髪の毛を集めてたことで知られる。

・新選組屯所跡……言わずと知れた新選組、その屯所跡、八木邸。

・角屋……もともと島原花街で営業していた揚屋。その建築の美しさは有名。

・伊東甲子太郎殉教地(本光寺)……名前そのまま。泊まるホテルから二ブロック先にある。


などなど。一日目でこれは確実に回りきれないので、ここからピックアップしていこうということなのだろう。


「皆、ここの中から行きたいところ三つピックアップしておいてね!重なった上位三つ、行けるように頑張ろう!」

「「はいっ!」」


播本のその一声で皆チェックをし始めた。黙々と説明や一緒に掲載されている写真を見ながら吟味している。しばらくするとバスが駅に着いたので、新幹線に乗り換えた。隙間時間を使い、選定を進めていく。

新幹線の席に座った時点で点呼とともに確認をとると、全員、きちんと選び終わっていた。


「それじゃ、せーので見せましょ!はいっ、せーの!」


恩田・・・・・・東寺、羅城門跡、新選組屯所跡

播本・・・・・・本光寺、新選組屯所跡、角屋

岸本・・・・・・東寺、羅城門跡、角屋

速水・・・・・・東寺、角屋、新選組屯所跡


「あれ?」「ん?」とお互いに顔を見合わせる。何だか随分票が偏っているような……?集計すると、


一位……東寺・三。新選組屯所跡・三。角屋・三。

二位……羅城門跡・二。

三位……本光寺・一。


これは息が合っていると言うべきなのだろうか。ひとまず、唯一本光寺に入れた播本が何かを訴えるようにしてこちらを見ているので、票が入った所の終わりの時間をを手分けして調べる。


東寺・十七時まで。羅城門跡・二十四時間営業。

新選組屯所跡・十七時まで。角屋・十六時まで。本光寺・十七時まで。


「おお、これ、行けるっぽくない⁉だって着くの二時半でしょう?」


「気を確かに」メンバーに一筋の光明が射しこんだ。羅城門跡にタイムリミットがないのがありがたい。

一先ずは時間が短い角谷→屯所跡→(余裕ありそうなら本光寺)→東寺→帰り際に羅城門跡という形でプランがまとまった。もし東寺が間に合わなかったら翌日で。として収まる。

期待に胸を膨らませた四人を乗せて、新幹線はずんずん進んでゆく。


                 ○


それから四時間後のこと。京都駅から離れた路上にて。


「ここどこぉ⁉」


播本が吼えた。それもそうだ、もう駅前のホテルから四十分も歩いているのに、一向に目的地へたどり着かないばかりか自分たちがどこにいるのかすらわからないでいる。このまままっすぐ行くべきか。いや、右折したほうがいいのでは。そんな会話がずっと続いており、進展がない。


「まあまあ、落ち着いてください播本先輩、気を確かに!気を確かにですよ!」


うっかり大声をあげてしまっただけに通行人から何か何かと注目を集めてしまっている。

そう、実をいえばこの「歴史探索サークル 気を確かに」は、土地勘のない場所へ訪れるのは今回が初めてなのだった。今までは都内の、比較的近場、土地勘がギリギリ効くようなところなどを巡ったのが数回。それのみである。

それというのもこのサークル、元をいえば「歴史サークル 気を確かに」であった。それを足延ばして出かけていって、本物見た方がいいと思う!という恩田の鶴の一声により歴史探索サークルへと変貌したのだ。それがたった二ヶ月前のこと。インドア派の集まったサークルで初の遠出ともなれば、こうなるのも当然の結末だった。


「いや、ほんとどこですかねここ……塩小路通り?とか書いてありますよ。地図上だとどこなんでしょうかね。」

「ええー……でも観月ちゃん、そうはいってもグーグル先生の地図も細かすぎて見つけらんないよお。」

「いや、だが地図でぶつかるはずの丁字路にぶつかってない……まだ、まだ真っすぐなはずなんだ、恐らく。」

「あなたさっきからず————っとそれ言ってるんだけど!全然前方に突き当たる場所が見えてこないんだけど!」


「気を確かに」のサークルは混乱を極めた。ここはどこか。私は誰か。誰か助けてくれ、風が強くて寒くてたまらない。雨までd降ってきた。天は我らを見放したもうたか。

そんなとき、恩田はふうと嘆息し


「仕方がない。もう時間もないし、冷えて雨風も強くなってきた。今日は観光を諦めよう。」

「うう……ここまで来て……つらい。」

「播本、仕方ないだろ。代わりといってはなんだが……今からでも梅小路公園だけ行かないか。」


まぁせっかくここまで出歩いたんだし、という思いと辿り着けるのかという思いがない交ぜになっている岸本と速水である。しかし冷静に考えて、このまま角屋に行くのは無理だ。時間的に。他の場所はそもそも今どこにいるのかわからない時点で動かない方がいい。

結果的に、二人は頷いた。


                   ○


それから標識と地図を照らし合わせながら向かった一行は、何とか目的地、梅小路公園へとたどり着くことができた。「梅小路公園」、その表示を見たときは思わずハイタッチをしてしまったほどである。知らない土地というのはこんなにも心細いものか。

しかし、公園で何をするのだろう?三人がクエスチョンマークを浮かべる中、ずんずん恩田は進んでいく。公園の奥へ奥へと。鉄道博物館を通りすぎ、カフェも通りすぎ、アスレチックも庭園も通りすぎた。漸く足を止めたのは、水族館の前だった。


「水族館……?」


ぽそりと播本が呟く。ぽかんとしている三人を、「早く行こう」と急かして恩田はずんずん進んでいく。漸く追い付いた頃には既に人数分のチケットが用意されており、支払うと言っても頑として受け付けてはくれなかった。


そのまま流されるようにして水族館を鑑賞し、ホットチョコレートを飲みながらアシカを見たり、お土産にオオサンショウウオのぬいぐるみを買ってみたり、栽培されている九条ねぎを写真に収めたりしてなんだかんだ楽しく過ごした一行だった。


中でも大水槽が見事で、迫力ある魚たちの動きに目を奪われる。恩田と播本は正面に備え付けられたソファでゆったり過ごしているが、速水と岸本は水槽に張り付くようにして見入っている。やはり近くで見ると圧巻である。エイに蹴散らされる小魚の群れなど、いっそ神々しい。


予定を立てたのに全く遂行できなかったという残念な一日目ではあった。しかし、その変わりの水族館は非常に楽しめた。史跡は巡れなかったなぁ、ちょっぴりそれだけ残念だな、などと考えているその帰り道。


「あれっ?こんなところに神社がある。」


そう呟いたちづきの目線の先には、確かにこぢんまりとした神社があった。しかし目を引くのはその手前、「新選組 誠 まぼろしの屯所」と掲げられたその提灯である。

それを認めた途端、観月の右を何かが掠めた。何事かと見てみれば、提灯へ猛突進、写真を取りまくっている播本だった。


「播本先輩、ど、どうしたんですか⁉先輩は長州推しじゃなかったでしたっけ⁉」

「ふふふ、甘いわねちづきちゃん……たしかに最近アツいのは長州勢。しかーし!私が幕末を好きになったのは新選組のおかげ。ないしは!土方さんのおかげ。私は幕末箱推しの女なのよ‼」


そう言いきった播本の顔は非常に生き生きとしていた。推している人物にゆかりのある地に偶然出会えたなら、そうもなるだろう……本光寺も屯所跡も行けなかっただけに、良かったねとしみじみ思いながら、播本とともに「まぼろしの屯所」のショットををカメラに納めた。後ろの方で「播本、気を確かに。もう夜なんだぞ。」と恩田が言いつつもシャッター音が聞こえてくるので、恐らくは二人もそれぞれ写真に収めているのだろう。この道を通ってよかった……。


                  ○


とうとうホテル近くまで帰ってきた一行。目の前のスーパーへ寄って、夕飯と翌日の飲み物を買っておく。宿に戻ったら話をしながらご飯を食べよう。明日の予定を組もう。

まだまだ、この遠征は始まったばかりなのだし、出鼻をくじかれたからと言って気落ちしていても致し方ないのだ。

明日のために英気を養っておかなければなるまい。

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