聖都攻略編

第41話 あなたは愛を歌える?

 海を行き、高くそびえる壁を前に陽介は気を引き締めた。四精霊と陽介の想いは一つ、エルメスを倒すこと。船を迎え入れるゲートが開き、船から降りて聖都へ足を付けた。

「よし、行こう!」


 一行は都市の中央にある宮殿を目指し歩き出した。寸分の狂いもなく規則正しく配置された建物は全て白く、住む人も白い服を着せられ、まるで清潔感と強迫観念を同時に押し付けられているように感じる。


「アンタたちには、しっかり案内してもらうわよ」

 商人たちの手綱はリベルタが握っている。少しでも妙な動きをすれば、拳が唸るだろう。渋々前を歩かされ、道案内を余儀なくされている。


「そこまでだ、侵入者よ」

 レンガ造りの道を歩いていると、声と共に空からアルデバランが降りてきた。水の大陸で対決した時よりも更に露出度の高い、ほぼ全裸のようなボンテージで、陽介は頼むから服を着てくれと言いたくなったのを堪えた。

「アルデバラン様!」「お助けを!」「お慈悲を!」


 いつの間にか拘束から抜けていた商人たちはアルデバランに縋り付いたが、目障りだと蹴散らされ、そのまま逃げていった。


「今度こそ息の根を止めてやる」

 彼女が杖を振り上げただけでピリピリと空気が張り詰め、直後魔法の矢が降り注ぐ。リベルタが風を起こし軌道を逸らさなければ、一瞬のうちに死んでいただろう。


「なんだよこの強さ……」

 陽介がステータスを開くと、前回よりも大幅に強化された状態が表示された。


 アルデバラン:おんな(年齢未公開)

 職業:魔法使いLvMAX

 HP:たっぷり

 MP:たっぷり

 攻撃:ないよ

 防御:とてつもなくかたい

 魔法攻撃:とてつもなくつよい

 魔法耐性:とてつもなくかたい

 素早さ:とてつもなくはやい


 スキル

 全属性開放LvMAX:全属性の魔法が無詠唱で使用できる

 魔攻特化LvMAX:魔法を使う攻撃の威力が上がり、全体攻撃になる

 ドレインジャマーLvMAX:MPを奪う攻撃やスキルの影響を受けず、一定時間ごとに回復する


「前より格段に強くなってる!」

「フフフ、ここはエルメス様のお膝元。我々にご加護をくださっているのだ」

 アルデバランは高らかに笑う。


「こんな無茶苦茶な加護があるかよ!」

 陽介の星屑の盾は、矢が掠めただけでただの屑に変わってしまった。


「以前とは比べ物にならん。が、戦わねば」

 フラムは火炎弾を放つが、水魔法の波にかき消された。

「これで凌ぐぞ」

 テラは拳を地面に突き立て、一行を守る防御壁を円形状に展開した。


「その程度で防いだつもりか、愚かな」

 放たれた風の矢を受けると壁は半壊し、様子を見ようと顔を出せば頭ごと吹っ飛ばされそうな勢いだ。

 テラが力を込めると壁は元通りになったが、多方面から一斉に攻撃されあっという間に剥がされた。


 追い詰められた陽介達の様子に、アルデバランは勝利を確信した笑みを浮かべた。

「ああ、これでエルメス様に褒めていただける……お役に立てる……」

 カノープスもそうだったが、彼女たちは役に立つことこそが喜びだと考えているようだった。


 しかし、エルメスはそれを労っただろうか。スピカもカノープスも死んだというのに、嫌なくらい冷静で、聖都から動かず黙り込んでいる。本当に大切に思っているのなら、怒りに任せて追手を放ってもいいはずだ。アリエッタは疑問が湧いてきて、槍で魔法の矢をなぎ払い叫んだ。


「黙って聞いてればエルメスエルメスって! あいつはあなたのこと大事にしてくれたの?」

 アリエッタの言葉に、アルデバランの動きが止まった。エルメスを心の底から慕っているが、その想いを汲んでもらえた試しはない。どんなに気を引こうとしても、その心はピアーチェ姫にしか向けられていないことを、知っていたが認めたくなかった。


 いつでも見ていたのは、心を寄せていたのは私だけなのに、なぜ振り向いてくれないのかと枕を濡らす日々を送っていた。魔王討伐の際には仲間として付き添ったが、やれて当たり前だと労ってもらった事はなかった。尽くしても、尽くしても。


「……何を馬鹿なことを。当たり前だ」

「ならあなたはどうしてそんなに怖い顔で戦うの?」

 孤独な心の奥底を見透かされたような気がして、アルデバランは激昂した。

「黙れ小魚ァ!」


 杖を振り、大きな炎魔法の矢を浴びせる。

「黙らないわ!」

 アリエッタはそれらを水の槍で受け流し切った。水蒸気が辺りに広がっていく。


「あなたは愛を歌える? あたしは歌えるわ、フラムが教えてくれたもの!」

「アリエッタ……そんな大きい声で言われると、そのだな……」

 フラムは物凄く恥ずかしいのか、尻尾までぞわぞわ毛が立ってくねくねと身をよじっている。


「人魚ごときが愛を語るな!!!」

 心が乱れているアルデバランの魔法攻撃は、暴走して周囲の建物を壊した。しかし彼女は陽介たちを倒せればそれでいいと思っているようで、なりふり構わず攻撃を続ける。


「この分からず屋!!!」

 アリエッタは深く息を吸って歌う。どこまでも澄んで優しく、頬を撫でるような柔らかい歌声が聖都に響き渡る。歌とは反対に荒れ狂う水が龍となり襲いかかり、防御壁を噛み砕いた。


「ううっ……」

 防御が崩れたアルデバランは動揺しているのか、攻撃の手が止んだ。優しい歌声に慰められているような気持ちになり、同情など不必要だと頭を振る。


「いくよ陽介!」

「もちろんだ!」

 アリエッタと陽介の手が重なり、絆の力は、剣に集まって水魔法を纏う巨大な三股槍に変わった。フラムとテラの支えがなければ、二人共前のめりに倒れてしまいそうなほどだった。透き通る愛の歌が、技の名前を陽介の心に浮かび上がらせる。


「いっけぇぇぇぇぇぇぇええええ!!!水女爵愛の三股槍アクアバロネス!!!」

 テラに支えられて天を突いた槍は、水の龍

も魔法攻撃も飲み込んで渦潮となり、アルデバランを包み込む。


「くっ、こんなこと、起こるはずが! はっ、エルメス様……!」

 向かいくる荒波の中に、アルデバランはエルメスの幻覚を見た。

「私は……私はただ……!」


 言い終わらないうちに幻覚のエルメスに背を向けられ、アルデバランは諦めて目を閉じた。

「……愛して、もらいたかったなぁ」

 片思いの悲しき魔法使いは、水流に溶けて消えていった。

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