コワレモノガタリ
秋風 紅葉
ヨクナイモノ
第1話 それはある夏のこと
「お姉ちゃん、私ちょっとランニングしてくる」
姉にそう伝え、ランニングシューズの白紐を器用に結ぶ少女がいた。
ごく普通の家庭に生まれ、ごく普通の家に住み、ごく普通の学力と平均を大きく上回る運動能力を持つ少女はまだ気づいていない。
ランニングシューズの紐を強く結び、玄関の椅子から立ち上がり、雑にかかとを床にぶつけて微調整。立てかけられた長鏡に映る低身長の自分の姿を見て少し呆れそうになるが、頭に付けたお気に入りのリボンを見るとそんなことも忘れてしまう。
その日はやけに静かだった。いつもは道路整備用のトラックや車が家の横を通り騒がしい時間帯なのだが、今日は犬が吠える声すら聞こえない。
姉からの返事がないことに少し違和感を覚えながらも、懐中電灯を持ち、横引きのドアを開けて外に出た。
少女の家はごく普通の一軒家で、祖母の時に建てられたものなので少し古い作りになっている。
「そう言えばもうすぐリフォームするとか言ってたような…」
などと一人呟きながら準備運動を始める。膝を曲げ、背中を前後左右に反り、手首足首を回す。
電線の上にいるカラスの一列黄体にぞっとしながら、少女は足早に家の敷地内から出て、道の真ん中に出た。
横幅2m程のコンクリート道が街灯の光に照らされていることに気づくと、
「今日はちょっと近道してさっと終わらせようかな…」
そう言って、地面を蹴ってランニングを開始した。
空は夕焼け色に染まり、遠くの方は既に夜の波が押し寄せている。
街灯の光のせいでよく見えないが、一番星が出ていても良い時間帯だろう。
徐々にあたりが暗くなっていくにつれて、少女の持つ懐中電灯の光が明るく見え、少女の足を少し早めた。
(早く帰ろう。なんか気味悪い…)
辺りを見渡しても誰もおらず、あるのは寂しい電気のついていない家達だけだ。
心の中で恐怖という感情が芽生えるも、ランニングを中断するほどでは無いので、空気を求めて息を吸う。
夏の夜特有のひんやりとした空気が走る少女の肌を撫でる。
いや、ひんやりとした感触は空気によってでは無かったのかもしれない。
それは、少女が本能的に感じた[よくないモノ]に対する寒気だったのだろう。
少女は、それすらも無視してただ無心で暗い寂しい住宅街を走り抜けた。
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