第73話

全く集中出来なかった部活が終わった。あとは着替えて帰るだけで…私には帰ったらやることが多く急いで帰らないといけない。

ドキドキする。こんなにも1日が長く感じる日は初めてだ。



「水希ー!」



どこからか誰かの声が聞こえ、私の名前が呼ばれたけど、もう帰るから無視だ。

眼鏡をかけないと誰の顔も分からないし、この声に反応すると良いことないって分かってるから早く帰りたい。



「水希ーー!!!聞こえないのー!?」


「水希、ごんちゃんが呼んでるよ」


「私には聞こえない」


「ダメだって、ほら手を振ってるし」


「早く帰りたい…」



今日は忙しく、やることがいっぱいあるから今日だけ見逃してほしい。

何で早く帰れる日に声を掛けるの…早く帰れる日だからだと思うけど、なぜ今日なの?

来週だったら何時間でもごんちゃんの相手をしてあげれるのにタイミングが悪すぎる。



「無視するなー!」


「あー!もうー!何!?」


「あっ、やっと反応した。部活終わったなら少しだけ軽音部に来ないー?」


「帰るー!!!」


「少しは考えろー!」



嫌だ、絶対に考えたくない。早く、シャワー浴びて、部屋の掃除して空気の入れ替えして等やることが多いんだ。



「ほら、芽衣…帰ろう」


「ごんちゃん、いいの?」


「今日はいいの」


「お泊まりのため?」



その言葉はずるい。「うん」とも「違う」とも言えない質問されたら何も答えられない。答えは「うん」だけど正直に言ったら、どれだけお泊りを楽しみにしてたんだってなる。



「芽衣の意地悪…」


「嬉しくて///」


「水希の好きなチョコのお菓子あるよー」


「えっ!?」



ごんちゃんから発せられたチョコレートって言葉につい上を向いてしまった。チョコは私の大好物だ…好物には誰だって反応するよ。

でも、芽衣には呆れ顔をされ…勝手に「着替えたあと軽音部に遊びに行くねー」と言われてしまった。

早く帰って、芽衣と少しでもイチャイチャしたいと思っていたのに。チョコレートとごんちゃんのせいで私の予定が崩れていく。



「早く着替えよう」


「芽衣…ごめんって」



やっと部活が終わり帰るだけだったのに、芽衣を怒らせ拗ねらせて最悪だ。みんな帰り支度を終わらせ、校門に向かっているのに私と芽衣だけは校内に戻る羽目になった。

帰りたい…上がっていた気持ちがどんどん萎えていく。明日は休みだから芽衣とずっと一緒にいられるけど付き合って初めてのお泊まりなのに波乱の予感がする。



「あっ、来た!」


「ごんちゃん!早くチョコのお菓子を渡せ」


「そんなにガッツかないでよ」


「あっ、カッコいいギターだね」


「芽衣。これね〜、私の私物だよ」


「買ったの!?」


「うん、どうしても欲しくて」



ヤバい、芽衣の目が乙女の様にキラキラしている。ギターを弾くごんちゃんはカッコいいからやっぱり来なきゃ良かった。

芽衣はごんちゃんが弾き語りしているところ見たことないの忘れていた。


このままじゃ、まずい。少女漫画だったら仲の良い友達の知らなかったギャップに恋に落ちて、ラブストーリーが始まるところだ。

私は早くも恋の試練なんていらないから。



「よ、、用件は何!」


「水希、このキーボードで何か弾いて」


「なんで?」


「ほら、いいから」



強引に背中を押され、椅子に触らされ…キーボードで何か弾けと言われた。

本当だったら今はもうバスに乗っている時間なのに、、それに、何でもいいからって何を弾けばいいのか思いつかない。



「ごんちゃん、何を弾けばいいか分からないー」


「水希は楽譜なしで何が弾けるの?」


「アニソン」


「じゃ、アニソン弾いて」



早く帰る為に昔ハマっていた曲を弾くしかない。この曲はお風呂でもよく歌う曲で、ノリがあって良い曲で覚えた曲だ。



♪〜♫〜♩〜♪〜♫〜♩〜



「おっ、いいじゃん」


「はい、終わり」


「水希、上手!」



良かった、芽衣に褒められた。こんな時にクラシックがもし弾けたらカッコいいけど唯一譜面を見ずに弾けるのがこの曲だけで…何となく練習していた甲斐があった。



「この曲、良いよね」


「ごんちゃん、知ってるの?」


「私もそのアニメ見てたもん」


「えっ、そうなの?」



ごんちゃんも同じアニメを見ていたなんて嬉しい。昔から好きなアニメで中学生の時、ずっと聞いていた曲なんだ。



「水希、歌は歌える?」


「歌えるけど歌わない」


「何で?」


「人前で歌うのが苦手なの」


「カラオケがダメなタイプか」



時間も時間だし、そろそろ帰ろう。もう15分もここにいるしもう十分なはずだ。チョコレートのお菓子を貰って早く帰らないと。



「水希、少しだけ歌ってよー」


「嫌だ!」


「芽衣も聴きたいって言ってるよー」


「言ってないじゃん」


「私も聴きたいな」



そんな…苦手だって言ったのに。ごんちゃんめ、芽衣を使うなんて卑怯だ。

緊張する。人前で歌うのが苦手な私がキーボードを弾きながら歌うなんて無理だ。



「ごんちゃん、歌わないとダメ…?」


「一曲だけでいいから」


「サビだけね…」



〈目覚めるまま走れ〜〉



キーボード弾きながらだと難しい。でも、お陰で下を向きながら歌えるから少しだけ緊張が和らいだ。

自分でも分かるぐらい最初は音が外れたけど何とか歌い終えて良かった。めちゃくちゃ緊張した。もう二度と歌いたくない。



「水希、歌上手い!」


「本当?芽衣、ありがとう〜」



芽衣にまた褒められちゃった。嬉しそうに後ろから抱きついてくれて、少しだけごんちゃんに感謝をする。

ただ、ゾロゾロと軽音部のメンバーが私を囲むから怖い。さっきまで楽器を触りながら椅子に座ってたのになんで。



「水希!文化交流会の時、軽音部でボーカルして」


「はぁ?嫌だよ」


「だから、少しは考えてよ!」


「人前で歌うの嫌いなの!」


「何でよー、上手かったよー。それにキーボードも弾けるし最高じゃん」


「私は陸上部だし、特に文化交流会なんて生徒会は忙しいの」



私の学校は文化祭が無い年は文化部メインの文化交流会をやっている。

一年毎に体育祭と文化祭を交互にやるため、今年は体育祭の年だから文化祭はない。

でも、文化部を活躍の場を作りたいと言うことで文化交流会を始めた。


体育祭は運動部の独壇場になることが多い。文化祭のある年でも活発な人が多い運動部は目立つことが多くて文化部は常に影が薄い。

そんな文化部の活躍の場を増やすためにできたのが文化交流会だ。だから、陸上部の私が目立ったらダメだよ。



「お願い!みんな楽器は大丈夫なんだけど歌が苦手なの…。丁度、キーボード担当がいないし」


「無理!やだ!」


「生徒会でしょ、だったら生徒の為に力を貸してよ」


「それとこれとは違う」



冗談じゃない。チョコレートのお菓子に釣られた私が悪いけど、絶対に人前で歌うなんて嫌だし恥ずかしい。

それに、おかしいよ。何で軽音部なのにボーカルがいないの。ボーカルがいないなら楽器だけ弾けばいいのに(変だけど…)

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