人形師の下手の横好きKAC20221

@WA3bon

第1話 二刀流

 二刀流。何かしら二つの分野を修める者のことだ。元々は東の果ての国の戦士が発祥だと言われるが、詳しくは知らない。

 とにかく、二つの分野だ。然るに俺は二刀流と言えるのではないだろうか?

「言えませんね」

 鈴が鳴るような音がキッパリと否やを唱える。うちの店を手伝ってくれているノワールの声だ。

「マスターはあくまでも人形師です。それ以外は……下手の横好き?」

「いや、横好き? って聞かれてもなぁ。俺としては二刀流説を推し──」

「ありません。いいところ器用貧乏ですね」

 とりつく島もないとはこのことか。


「無駄なおしゃべりしてる暇があったらお仕事してください」

 エプロン姿のノワールは背を向けて掃除を始めてしまった。

 見た目は十代前半の女の子だ。小柄な箒を持て余し、トテトテと狭い店の中を行き来する。その仕草も、長い黒髪と切れ長の碧眼も。何もかもが愛らしい。

「ってのも、か」

「ですから、気持ち悪いこと言ってないで仕事をですね」

 こちらを振り向きもせず、呆れた様子でノワールは言う。だが悲しいことに店の中には俺と彼女の他には誰もいない。

 この店はネロ人形工房。俺──ネロが経営する人形の店だ。

 ここバンボラの街は世界的に有名な人形の街だ。各地から腕に覚えのある職人が集う。それだけに競争も激しい。

「ウチみたいな名も売れてないマイナー工房は開店休業みたいなもんだ」

「だったら呼び込みの一つもしてくださいって言ってるんです!」

 カロンカロン。

 箒を振り上げるノワールと戯れていると、不意に鐘の音が鳴り響いた。出入り口に備え付けた、来客を知らせるベルだ。


「おっと、お取り込み中だったかな?」

 小柄な少女に押し倒される俺。それを見下ろす男は目を細めると踵を返して出ていこうとする。

「ま、まった! 取り込んでないから!」

何ヶ月振りかの客だ。ここで逃す手はない。何より、白昼から女児と遊び呆けているなんて噂でも立てられたら街にいられなくなる。

「コホン。改めて。ネロ人形工房へようこそ。どんな人形を御所望ですか?」

 見たところ客は身なりがいい。上から下まで、一見しただけで上物と分かり高級な仕立てで統一されている。上手くすれば太い客になってくれるかもしれない。

「そうなったら水みたいな豆スープともおさらばだぜ!」

「マスター、欲望が漏れてますよ?」

 ノワールに耳打ちされてハッと我に帰る。このところの貧相な食糧事情が俺の判断力を低下させているらしい。


「ほぉ! これはなんと、それは人形か? 人間と見間違えるほどだ!」

 ノワールとのやり取りを見ていた客は、声を上げると俺を押しのけてノワールの手を取る。


「素晴らしい! この肌のきめ細やかさはどうだ、まるで絹のようだ。球体関節の処理は芸術的だぞ……ここまで近づいてもなお違和感がない!」

「あ、あのお客様、困ります……」

 女の子に強引に迫る中年男。これはもう犯罪の臭いしかしない。いや、言ってる場合じゃないな。ここはガツンと俺が言わなければなるまい。

「店主! いくらだ?」

 視線はノワールに釘付けになったまま。男は懐から札束を散り出してみせた。

「百万か? 一千万でも構わんぞ! これは私のコレクションにこそ相応しい逸品だ!」

 一つ二つ、気がつけばカウンターの上に札束の山が出来上がっているではないか。こんな大金、おそらく一生働いても得ることができないだろう。

 太い客どころではない。もう働く必要すらない。

 

 ──だが。

「やめてくんな」

 男からノワールを引き剥がす。

「悪いがこいつは売りもんじゃねぇんだ」

 札束が積まれる度に心が冷えて行くのを実感した。もうこいつは客じゃない。

「君、私が誰か知っての態度かな?」

「しらねぇよ。だがここの工房主は俺なんだ。俺の城では誰であろうと好き勝手は許さねぇ!」

 睨みつけると、男の顔が見る見る赤くなっていく。沸騰寸前のヤカンのようだ。

「きっと後悔することになるぞ!」

 今日日三文芝居でも言わないような捨て台詞を残すと、素早く札束の山を回収し店から出て行った。


「はっ! おとといきやがれ──」

「バカァ!」

 突然耳元で罵声が炸裂した。キーンと言う耳鳴りが脳天を突き抜けていく。

「もう! 何やってるんですか! お客様ですよ? それも私のこと、つまりはマスターの技術をすごい評価してくださっていました!」

 今度はノワールが顔を真っ赤に染めている。ぷくっと頬を膨らます様はヤカンというにはあまりにも愛らしいが。

「あのな、ああいう金でお前みたいな人形を欲しがる奴はヤベェんだよ」

「そんなこと言って! マスターはこの工房を守るつもりがないんですね!」

 カチン。急激に頭に血が昇るのを実感する。冷静なもう一人の俺が自制を促す。が、力及ばず。


「人形のお前に何がわかるんだよ!」

 ──しまった。そう思った時には何事も遅きに失しているものだ。

 そんな格言めいた言葉が脳裏を過ぎる。


 しんと静まり返る店内。そして……。

「マスターのアンポンタン!」

 甲高い声とともに飛来する箒。

「うおっ! あ、危ねぇな!」

 身をかわし、ノワールに抗議の声を投げかける。しかしそこには誰もいなかった。ただ、出入り口の鐘がカロンカロンと虚しく鳴るばかりである。


「親父よ、俺はまだまだ未熟者だ……」

 壁に深く突き刺さった箒──の上に掛けられた写真を見遣りながら長い長いため息をつく。

 俺の親父にしてこの工房を開いた偉大なる人形師だ。

『人形を愛せよ』

 写真には生前のオヤジの口癖が書き込まれている。そして俺の人形師としての指針でもある。ノワールを造ったときだってそうだったはずだ。

 ──だっていうのに何て事を!

 ガンっ! 勢いよくカウンターに頭を打ち付ける。

「目が覚めた。やることやらねぇとな」

 まずはあの跳ねっ返り娘を連れ戻さなくてはならない。うじうじ悩むのはその後だ。


「魔力感知……」

 当て所なく家出娘を探すのは難しい。だが人形師と人形ならば話は別だ。

 ノワールのような自動人形は人形師の魔力で生み出したコアを原動力としている。コアと自身の魔力をつないでやれば居場所を察知するくらい朝飯前だ。

「っ! よりによって! あのアンポンタン娘め!」

 言うが早いか、体当たりをするように工房を飛び出る。


 どの街もそうだが、人が増えれば無頼漢が吹き溜まる区画というものが存在してしまう。人形師が集うバンボラといえどもそれは例外ではない。

 旧市街地、通称暗黒街。治安という概念が存在しないマフィアの巣窟だ。

「ノワール!」

 暗黒街の倉庫区画。ノワールの反応が検知された場所にたどり着く。

 いくらケンカして店を飛び出したとはいえ、アイツが一人でこんなところに来るはずはない。考えられる可能性は一つしかあるまい。


「ほほぅ。流石に早かったですねぇ?」

「ま、マスター!」

 先ほど追い出した身なりのいい男。そしてその背後には、椅子に縛り付けられたエプロン姿の女の子。言うまでもない。さらわれたのだ。

「金でダメなら力づくってか?」

 怒りがこみ上げてくる。しかしヤカンのような急激な熱は帯びていない。

「仕方がないでしょう? それが私、暗黒街のドンたるシュバルツのやり口です」

 パチンと男が指を鳴らす。それが合図だったのだろう。退路を塞ぐように黒服の男が三人現れた。手には剣が握りしめられている。無事に帰すつもりはないのだろう。

「金で売っていればよかったものを……やれ!」


 号令一下。三人が同時に飛びかかってくる。訓練された動きだ。きちんと連携が取れている。

「マスター! 逃げて下さい!」

 ノワールの悲鳴を背に、身をよじって一人目の剣をかわす。

「げぶ!」

 顔面に肘を叩き込むと同時に剣を奪い取る。目前に迫ってきた二人目の切っ先を柄尻で逸らしつつ、脇腹に刃を当ててそのまま引く。

「ぐおっ!」

 腹を押さえてその場に倒れ込むが、傷は深くはない。死なないだろう。多分。

「う、うわあああ!」

 流れるように二人の仲間がやられて怖気づいたのか。最後の一人は背を向けて逃げ出した。そこに向かって剣を投擲する。狙い違わず。肩口に突き刺さり、男は派手に転倒した。

 

「な? な? なんでだ! たかが人形師風情が! あいつらは元軍人だぞ!」

「悪いが俺は放蕩息子でな? 今の工房を継ぐ前は騎士になりてぇなんてほざいてたもんだよ」

 言いながら大股で距離を詰める。

「一応、シュバリエ流剣術の免許皆伝なんだ」

 と言っても剣に触ったのは久しぶりだ。随分と錆びついたものである。

 ガクガクと震える男――シュバルツとかいったか? の脇を通り過ぎるとノワールの元へ歩み寄る。

「すまなかったな。なんか変なことされてないか? その度合いに応じてあの野郎をミンチにしてくるが?」

「な、なにもないですよ! マスターのえっち!」

 よし。いつもどおりの跳ねっ返り娘だ。ほっと胸をなでおろす。


 自称暗黒街のドンとその用心棒達は縛り上げて旧市街地の入り口に放置してきた。早晩、憲兵が逮捕してくれることだろう。

「あの! マスター! 自分で歩けますから……」

「ダメだ。縛られたときに足首のジョイントが傷んでる。帰ったらまずメンテだ」

 ノワールを背負いながら工房までの道を行く。メンテ……の前にさっきのことを謝らないとな。分かっちゃいるんだが、どうにも言い出しにくい。


「あー、そうだ。見ただろ? 俺の二刀流! 人形師と剣術の――」

「ブブー。二刀流とは認めません。やっぱり下手の横好きですね」

 手持ち無沙汰で言い出したことだが、存外のダメ出しに思わず肩越しに振り返ってしまう。やはり怒っているのだろうか?

「その……マスターは最高の人形師ですから! それに比べたら何をやってもヘタヘタの下手なんです!」

 ノワールは俺の背に顔をうずめる。見え見えな照れ隠しだ。というか何だこのカワイイ物体は? 造ったやつ天才じゃないか? 俺だけど。


「なるほど。確かに俺は二刀流じゃないかもな」

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