第二章  告白

2-1 ラブコメの弊害

 月曜日になれば、学校に行かなければならない。そうするともちろん歌恋と顔を合わせる訳で、武蔵は自分でも驚く程に挙動不審になってしまった。でも歌恋も同じような感じになっていて、


「お、おう。おはよう……い、育田さん」

「あっ、はい! おはようございます! きょっ、今日も良い天気ですね!」


 などと、明らかに様子がおかしい二人になってしまっている。このままでは理人以外のクラスメイトにも変に勘繰られてしまうかも知れない。だから頑張って平静を装おうとするのだが、それがまた緊張の元になってしまうのだ。


(これがラブコメの弊害か……)


 慣れないことの連続で、どうにも疲れてしまう。でも、だからと言って逃げる訳にはいかない。これは自分だけの問題ではないのだから。

 なんて自分に言い聞かせて、何とか日々を過ごしていく。幸いにも今週末にはライブがある。一回心を休めよう。と言うよりも、武蔵には一つの考えがある。

 一人で悩んでいるよりも解決に近付けるかも知れない。

 だから、武蔵は決めた。ライブで連番する友人に相談してみよう、と。


 ***


 歌恋とのデート&ASAnASAのライブから一週間が経った土曜日。

 今日の現場は声優アーティストの相間あいま伊月いつきのライブツアーの名古屋公演だ。相間伊月は弱冠十五歳にして声優デビューをして、数多くのアニメ作品に出演している人気声優で、現在は十九歳。甘い歌声とキレキレのダンスが特徴のアーティストとしても人気があり、愛称は名前から「ムーンちゃん」と呼ばれている。ちなみに、林檎の最推しアーティストだ。


 そんな林檎は理人とともに参戦して、武蔵はぼっち参加――。

 という訳ではなく、前々から言っている通り別の連番者がいる。別に、武蔵と交友関係があるのは理人と林檎だけではないのだ。

 と言っても、その友人は緑ノ宮高校の生徒ではない。


「あ、もう来てたんだね。的井ちゃん、久しぶり」

「おう、久しぶり。相変わらずイケメンだな」

「……女だけどね」


 グッズの物販が始まったばかりの午後一時。長い物販列から少し逸れた位置に、すらりと背の高い女性がいた。こちらに手を振る彼女は苦笑をしているものの、整った中性的な顔はキラキラと輝いて見える。立っているだけでオーラが凄すぎて、目立って仕方がない。未だに彼女の友人なのが信じられないくらいだ。


かおるって本当に、全然オタクっぽさがないよな」

「はは……。せめてもうちょっと身長が低かったらね。それこそ、林檎ちゃんくらいの低さが良かったよ」


 頭を掻きながら乾いた笑みを零す彼女の名前は、小古瀬ここせ薫。武蔵よりも一学年上の高校三年生で、女子高に通っている先輩だ。

 知り合ったきっかけはネットだった。お互いにハンドルネームが「まとい」と「カオル」で、どっちの性別ともとれる名前だったのが悲劇の始まりだ。武蔵は薫のことを男だと思い込んでいて、薫も武蔵のことを女だと思い込んでいた。

 その理由はあまりにも趣味が合っていたり、武蔵のオタク以外の趣味が料理で女子力が高かったり、一人称が二人とも「自分」だったり(ネット上に限る)と、様々なものがある。


 でも、今思えばもうちょっとちゃんと考えてから会うべきだった。同じ愛知県民というだけでテンションが上がり、勢いでライブのチケットを二連番で取ってしまって……。そう、あれは確か一年前のことだったか。ライブ会場で顔を合わせた「まとい」と「カオル」の予想外過ぎる容姿に、お互い驚愕したものだ。


「……的井ちゃん」

「ん、どうした。俺達も並ぶぞ。と言うか待たせて悪かった。物販開始時間になっちまったな」

「ああ、うん。それは元々一時集合だったから良いんだけど……」


 薫の蜜柑色の瞳が、じっと武蔵の姿を捉える。

 紺碧色の顎下辺りまで伸びたショートヘアーに、女性にしては高めの背丈。先程武蔵が「イケメン」と漏らしたくらいにはボーイッシュな雰囲気があるのだが実はスタイルが良く、ウエストは細く胸は大きめだ。たまに目のやり場に困るのだが、今の薫の視線には刺々しさがあるから目も合わせられなかった。


「その反応。……やっぱり、何かあっただろう?」


 ただ単に視線のやり場に困っただけだ、とはもちろん言えない。

 でも、「何かあった」というのは大正解と言うか、思い当たる節がありすぎて、


「……うっ」


 という、わかりやすい反応をしてしまう武蔵だった。


「ふっ、やっぱりな。どうしたんだ、お姉さんに言ってごらん?」


 図星な武蔵に対し、薫はノリノリで訊ねてくる。

 お姉さんとは言っても、薫が三月生まれで武蔵が四月生まれだから実は一ヶ月しか違わない。でもまぁ、実際問題薫にはお姉さんオーラを感じる部分もある。ネット時代の付き合いもあるからため口で話しているが、武蔵にとって薫は頼れる存在なのだ。


「話すと……長くなるんだが」

「ん、わかった。じゃあ物販が終わってからゆっくり聞くよ。きっと開場時間まで暇になるから、カフェにでも行くよね?」

「…………ああ、悪い」


 元から薫には相談する気でいたのだ。

 だから薫から話を振ってくれたのはありがたかった。のだが、どうしても気が重くなってしまうのは、やはり相談内容が恋愛ごとだからだろう。

 ともあれ、武蔵と薫は物販列に並び始めるのであった。

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