第125話 神龍の詰み象棋《シャンチー》

「まずいッ! 皆、逃げよ!」

 九龍が叫ぶが、時すでに遅く、黒いものに憑依されてしまった。

「……」

 九龍は宙に浮かび、邪悪な笑みで二人をわらう。

「仮にも神龍とあろうものが下等なヒトと触れ合うなど、笑止千万」

「消えたわけじゃなかったのね……」

 ケイは油断したと唇を噛む。

「我らが直に手を下すことなく、ヒトを同士討ちしてやろうとおもったのに。たかが功夫遣いがことごとく潰しおって……」

 九龍の体を奪った者の声は怒りと憎悪に満ちている。

「愚かにもここを占拠したヒトは我ら龍族が造りし最強の神の絡繰兵を修繕してくれた」

 巨大な龍の頭をした絡繰兵が照らし出される。巨大な大剣と、まだ修繕途中なのかケーブルなどがむき出しになっていた。

「つまり、あんたを斃せば。この戦争は終わるってことよね?」

 九龍の体を乗っ取りし者が嘲笑を向けるが、フッと京は笑う。多数の絡繰兵を相手取り潰した功夫遣いである京にその手の脅しは通じない。

「ふん……できるものならな。まず邪魔な哪吒から消えてもらおうではないか」

 神龍が九龍を取り込むと神龍の目に光が灯る、鮮血を思わせる紅い光だ。

 そして、縮地を繰り出す。通常の絡繰兵をゆうに超える巨体でありながらその速度は功夫遣いと等速を保っている。

「去ね、哪吒ッ!」

 剣を振るう、龍族が造り、放つからか剣にはすさまじい量の《氣》が込められていた。

「ウソッ! ああッ!」

 受け止めるいとまもなく剣先は哪吒を切り裂いた。

「哪吒ちゃん!」

 哪吒の悲鳴に京が思わず叫ぶのだが、切り裂かれたにも関わらず哪吒は無事だった。

師範せんせい……」

「なるほど、神龍の名前は伊達じゃないのね」

 いや、髪の色がアイシャの地毛である黒に戻っていた。神龍の剣は哪吒の魂にだけダメージを与えたのだと悟る。

 ――ごめんッ、耐えられなかった……!

 完全に消えたわけではなく、表出するエネルギーのみを削られた格好のようだ。


「さて、哪吒という邪魔者は消えた。我らの計画を妨害した礼だ。師弟共々霊界に送呈してくれる!」


 神龍が片腕を機関銃に変形させる。銀の水をふんだんに使っているようだ。

「粉々にしてくれようぞ!」

「あーッ、畜生!」

 アイシャの縮地だ。いくら神龍とて物理法則は無視できない。機関銃をマウントしている間は動けないのを狙ったのだ。

「いくぜ、《鳳凰熊猫拳》ッ!」

 哪吒は消えたわけではない、その魂が乾坤圏ケンコケンに戻っただけだ。

 吹き出す炎は熊猫拳と合わさり、神龍を燃やす。アイシャの炎は哪吒と違い、性質が攻撃に傾いている。

「ああッ!」

「ッ!」

 九龍の絶叫が部屋中に響き渡る。神龍の内部に囚われている模様だ。

「ははは、神龍が受けた損傷は我が依代もそのまま受ける。このまま攻撃を続ければ依代は死を迎えるだろうな」

「……おい、てめえ。今、九龍を依代っていったな?」

 アイシャは神龍の言葉に奇妙な響きを感じた。まるでさきほどまで対峙していた九龍は神ではないという言い様だ。

「ふふ、元は野賊だけあって勘のいい奴よ。依代は確かに龍族だが、神ではない。我らによってそう思い込んでいただけだ」

「アンタって奴は……」

 京の体が怒りに震える。悪事に利用した挙句、人質にしているのだから。

「さらに絶望に突き落としてやろう。この神龍にはナノマシンが組み込まれている。外で戦っている貴様の兄と同じな。神龍が受けた傷は再生する。ただ、依代はそのままだがな!」

「卑怯者ッ!」

 京は攻撃をかわしつつ怒りを。神龍を破壊すれば、九龍は死ぬ。しかもナノマシンによる自然治癒もあり、どう考えても勝ち目はない。

 ――どうすりゃいいんだ……?

 絶望が脳裏をよぎるが、アイシャはかぶりを振り、それを振り払う。

 ――いや、あるぞ。

 アイシャが見るのは乾坤圏。神龍から九龍を引き剥がす手はひとつだけあった。

 

 

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