第121話 諦めない心が喚《よ》び起こすは――。

「ッ!」

 ――早ェッ!

 縮地のそれのはずだが、主導権を握っているのは九龍なのだからまさに段違いだ。

 コマ落としのように迫ってくる九龍クーロンに対応できなかった。

「この地に沈めッ!」

「!」

 九龍は蹴りをアイシャの体に埋める。

 遠慮会釈もないのだから、その痛みは凄まじい。だが、それ以上に――。

「ははは、抵抗もできぬか?」

「……ッ!」

 苦痛に唇を噛まされる。親同然に自分の面倒を見てくれたケイに殴られたような感覚に陥るのだから無理もない。

 ――畜生が……。

 この感覚は想像以上にアイシャの精神を蝕んだ。

「!」

 ――九龍ごと、斃すしかねェのかよ……。

 一瞬、京を救うためにと考える。このままでは京が国中の人間を殺してしまうことになる。それは京にとっても辛い。

 だが、斃すことをそれは京が望むことかといえば――。

 ――師範センセイのことだ、九龍も助けてあげてほしいっていうだろうな……!

  妲己ダッキも京の師匠なのだと思わされた。

 京も九龍も助ける――。それこそが両極の功夫遣いを学ぶ者の信念に基づいた行動だと。

「性悪神龍! いつまでもやられっぱなしだと思うんじゃねェぞ!」

「ぐ……!」

 気合を入れなおし、アイシャは九龍の攻撃を弾く。予想外の反撃に九龍がたじろいだ。

「難しいことを考えるのはやめだ。どっちも助けるんだよ!」

「なに……どっちも救う? どういう意味じゃ? 何を訳の分からぬことを」

 アイシャの言葉に九龍が困惑してしまっている。

「お前自身の意志でやってることじゃねェってことだ! 熊猫拳シュンマオチュンッ!」

 アイシャの熊猫拳が、九龍に迫る。さきほどの勢いが嘘のように鋭いはやさを誇っていた。

「うわッ!」

 勢いを殺しきれず、九龍は吹き飛ばされる。

「諦めねェぞ、俺は!」

 と、アイシャが拳に氣を込めた時だ。乾坤圏から炎が噴き出し、アイシャの体をまとうよう覆ったのだ。

「な……!」  

 突然のことに九龍の目が見開いた。

「なるほど、太公望タイコボウ乾坤圏ケンコケンを渡しだけあるね。キミの諦めない心と熱い想い、受け取ったよ……ッ!」

 その声はアイシャのものではなかった。そして、アイシャの髪が紅蓮の炎を思わせるよう赤く染まっている。

「な、何者じゃ。お主……」

 九龍は自身と同じかそれぐらいの氣を持つ者に愕然としていた。


「初めまして、龍の神様。ボクの名前は、哪吒ナタク異国インドの少年神から名前をもらった、功夫遣いさ!」


 アイシャが死んだはずの伝説の仙人のひとり、《哪吒》の名を名乗ったのだ。

   

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