最終章 中華幻想絡繰功夫譚

第107話 時の帝――、皓《ハオ》

「ぐ……ッ」

 力が入らない。聖剣の鞘の加護とオートマトンを失った今、アーサーはほぼ無力に近い状態だった。

 ふと腕時計を見る。ちょうど長針は12時の方向を指していた。

「ハハハ……。ようやくか」

「!?」

 アーサーの突然の笑い声にケイたちは不審なものを感じる。

「ようやく最終調整が終わったか……」

 アーサーがそう言ったとたん、息苦しい空気が辺りを覆うような感覚を覚えた。

「《氣》……?」

 ケイは身震いさせられる。功夫遣い特有の《氣》だが、《氣》の強さが段違いだ。人間の感覚にまで影響を及ぼすのだから相当なものだとわかる。

 

「久しぶりの外か……」


 そう呟き奥から現れたのは儀礼服を着た長身の男。しかし動きに来そうな儀礼服を着ているというのにまるでそれをを感じさせない。

 おそらくこの男こそが神の絡繰兵なのだろう。

「……、本当に生きてたなんて」

 京には見覚えのある男の顔だった。それも嫌悪するほどのものだから相当なものだろう。

「久しいな、梓萱ズシュエン

 男が京に顔を向けて梓萱と呼ぶのだが――、

「あ? アンタが誰だか知らねェけど。、師範センセイの名前は京だ。人違いじゃねェの?」

 アイシャが名前を間違っていると男にいうのだが、男はククっと嘲笑を含んだ笑みを向ける。

「ああ、貴様は梓萱の弟子か? 京というのは梓萱のあだ名とか愛称というやつだ。本来の名前は梓萱なんだよ」

 京の皇族としての名前が梓萱だと男は語る。相手を見下すような男の口調はどうにも反感を覚えてしまうのだが。

「……ハオか?」

 妲己ダッキが苦虫をつぶしたような顔をする。男――皓は妲己としても会いたくなかった相手なのだろう。

「その通り。紂王チュウオウ復活に躍起になって踊らされた女が何の用だ?」

「貴様とて名君であった弟と周囲に愛されていた妹への劣等感に苛まされていただろうが」 

 妲己が軽口を叩く皓を睨み皮肉を飛ばす。そして、皓の正体に繋がりそうなことを漏らした。

「ちッ……、どうにも口の減らない女だ」

 と、皓は妲己から顔を背け、倒れているアーサーに近寄る。

「ふん、遅かったじゃないか、待ちわびたぞ……」

「それだけ減らず口が叩けるならば、まだ大丈夫だな。……あとは俺がやる、無理せず下がっていろ」

 粗雑な言葉遣いだがアーサーを気遣っているのはわかる。クロウリーが言っていた、特別な感情があるということは当たっていたようだ。

「わかった……。あとは頼む」

 アーサーはどうにかして木の傍に寄りかかった。

「お久しぶりです……、兄上」

 京は複雑な顔をしながらも恭しく皓に頭を下げる。そして兄という言葉、これが指し示す事実はひとつしかない。

「そうか、お前がみんなが言ってたあの時の帝なのか!」

 皓の正体に気づいたアイシャが大声で叫ぶ。


「そのとおり。計画のためにあの戦役を企てた帝がこの俺だ」 


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