第108話 超越存在とは

「スープー、太公望タイコウボウたちを!」

「わかってますよ!」

 ハオのただならぬ気配を妲己ダッキがスープーに呼びかけ、太公望を呼ぶように頼むが、不思議なことに皓はスープーを見逃す。  

「ふん……。功夫遣いや軍人を何人呼ぼうが同じことだがな」

 すべて撃退すると皓は鼻を鳴らしつつ言い切った。よほど自信があるようで、それが大言壮語には聞こえないのは、放っている《氣》の強さからだ。

「俺の強さの源は古来からの絡繰技術を施しただけではない」

「神の功夫って奴を体得したからってか? そりゃ随分な自信だな」

 まだ構えを取らない皓を見てアイシャが構えをとる。


「体得? 違うな、取り込んだのだ」

 

「は? 何言ってんだ?」

「龍をその身に取り込んだということか……」

 一瞬、その場にいる者は理解ができなかった、妲己を除いては。

「その通り。当初妲己がケイにしようとしていたことだ。かつて大地の覇者であった恐竜がいた。その恐竜が進化したという龍神を、銀の水を飲んだ者が取り込むことで人を超越した超越存在となる、とな……」

 妲己の言う永遠の王というのはこのことを指していたと皓はいう。妲己は紂王チュウオウや京にそれを施そうとし、中央集権国家を作ろうとしていたというわけだ。

「そんな夢物語のために戦役を起こしたというのか……。失望したぞ、皓」

 体を起こしたブオが吐き捨てるようにいった。永遠の命や超越存在など現実主義者の博からすれば無知蒙昧なものとしかいいようがない。

「それはこちらの台詞だ、博。お前は周囲の連中と違い俺の実力を買ってくれていたと思っていたのだがな」

「買っていたからこそ、今、お前に失望しているのだ。父帝チチミカドの過剰な期待にそれでも応えようとしたお前のためにと力を尽くした」

 博は絞り出すような声を出す。かつての腹心としては皓の身勝手な行動は、もはや指導者に非ずとしかいいようがなかっただろう。

「……。俺には力が足りなかった。弟のような政治力や妹のようなカリスマもなかったからな。……ならばすべてを超越する《力》を得るしかない、だから西洋の科学技術に頼った」

「それが錬金術師アルケミストを秘密裏に呼び込んだ理由――、なのですね……」

 皓が語るその計画に京は身震いさせられると同時に、自分に向けられた嫉妬と憎悪の強さを再確認することになった。

「そして流罪になった俺はひそかに逃げ出し、まず龍を御するための神の功夫を探し太公望廟に向かった」

「でも、太公望が施した大岩の謎は解けなかったようですね」

 ズーハンが痛烈な皮肉を飛ばす。とはいえ太公望が施した大岩の謎解きは、まず常人の発想では難しく、仮に太公望に会えたとして太公望が皓に奥義を授けるとは思えなかったが。

「ちッ……」

 皓が舌打ちする。こればかりは事実ではあるからだ。

「奥義の取得を諦めた俺は、大地の力を取り込める応龍を探した。戦いにこそなったが、神の功夫なしでもどうにか御することはできた」

「お前が、神龍の一体を斃しただと」

 妲己が疑問を問うのだが皓はフッと笑い。

「どうやら九尾キュウビと呼ばれる存在と戦った時の傷がまだ癒えていなかったらしい。それに俺とて西洋の絡繰を施していた。卑怯者とは言わさんぞ?」

 予防線は張っていたようだ。傷が癒えていなかったのは予定外だったと。

「……。九尾って狐の大妖怪の?」

 アイシャがどうにかして皮肉を飛ばしたいのを抑え、尋ねる。とはいえ、九尾は名前ぐらいしか知らなかったからだが。

「そうだ。かつてこの国に在った太古の王朝の皇帝の妃に化け、暴虐の限りを尽くした。それを斃したのが応龍というわけだ」

「……なるほど。しかし、あっさりすぎないか?」

 妲己としては疑問しかなかった。傷ついていたとはいえ、応龍は五行を司る神龍の一体だ。銀の水を飲んだ人工仙人とはいえ、応龍を斃し、あまつさえ取り込めたのは疑問しかない。

 しかしこれは堂々巡りでしかないし、皓もそれに付き合うつもりもない。

「……。貴様らのその疑問は確信に変わる。今ここで証明しよう」

 皓が拳を構え、《氣》を放つ。周囲を圧するような氣だ。 


「我が応龍極拳インロンヂェンチュェン――、その身に受けるがいい!」

 

 人知を超えた戦いが今、始まったのだ。

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