第95話 忘れていた心

「大丈夫かッ!?」


「妲己?」

 すんでのところで妲己がスープーから落ちそうになる京の手を掴む。

「手を放して、このままだと妲己も落ちちゃう!」

 巻き添えを食らうと京はいうのだが、妲己は必死に首を横に振る。

「もう嫌なんだ。目の前で助けられずに見殺しにするのは……」

 今でも過去に奥義を放った紂王を止めなかったことを後悔していた。このまま京を見捨てる選択肢は妲己にはない。

「ズーハンとアイシャは召喚獣を足止めしてくれ! このままでは京を助けられん。メイズ、手伝ってくれ、すまん!」

 妲己が指示を飛ばす。悪魔や天使に邪魔されては京を引き上げられない。

「ああ、頼む!」

「了解です……ッ!」

 アイシャとズーハンは頷き天使と悪魔の迎撃に向かう。霊的存在に効果的なのは陰陽の《氣》なのだから。

「ぐ……」

「う……」

 二人が京を引っ張り上げるが、不安定だからなかなか上がらない。

「スープー、適当な所に降りろ! 連中の大将はこのまま俺が斃す!」

 太公望が打神鞭を器用に操りつつ怒鳴った。太公望でさえも完全に冷静さを失っていた。

 怒りからか天使と悪魔を指揮している大将をどうにかしたいと 

「打神鞭でもずっとは飛べないでしょう、太公望先生も戻ってきてください、落ちてしまいますよ!」

「くッ……!」

 スープーの指摘ももっともだった。打神鞭は一次的に揚力を得ることができるし連続での使用もできるが、当然それには体力を消耗する。

 ずっと飛び続けるのは優れた仙人である太公望でも厳しい。

「わかった!」

 太公望はスープーの提案に頷き、天使と悪魔を足場の代わりにしつつスープーの元に戻る。

「降りますよ!」

 太公望が戻ってきたのを確認するとスープーは適当な高台にゆっくりと着地する。この間、天使も悪魔も手を出さなかった。

「ふう……、危なかった」

「俺もだぜ……」

 京は安堵からその場にへたり込んだ、アイシャも同じく。

「ありがとう……」

「あ、いや、その……。私はあまり助けになれなかったが、助けられてよかった……」

 妲己が柔らかな笑みを京に向ける。

「……私もです」

 ズーハンも師と同じだと

「どうにも非情にはなりきれなかったみたいだな、大将?」

 太公望は車輪を背負い背中から羽を生やした奇妙な出で立ちの男に敵意をぶつける。クロウリーが呼び出したソロネに違いなかった。

「……」

 ソロネが黙りこくってるのを見て太公望は話を続ける。

「京ちゃんを助けるまでこっちに手を出さなかった礼は言おう」

「戦場で不意を突くような真似をしたのは、申し訳ございませんでした」

 ソロネは頭をまず深く下げた。天使や悪魔が前に出ようとしたが、手で制して牽制している。

「いや、こいつは戦争なんだ。それを利用しない方がおかしいだろう」

 太公望とて京の落下死を狙った事に憤りは感じてはいるが、戦争である以上戦死は避けられないというのもわかっている。


「自己紹介がまだでした。座天使のソロネと申します。召喚師クロウリーの命によりこの戦場に招致されました」


 ソロネは頭を下げた後、自らの名前と素性を語る。

「そうか。……まァ、天使ってのは良くわからんが。戦争より、こっちの方が向いてそうな面しているのはわかった」

「戦争とはいえ、不意を突くような真似を好まないだけです」

 太公望が決闘が好きなんだろうとククッと言い当てると、ソロネは違うと溜息を吐いて答える。

「戦争が必要ならば赴きますが、そうではなく――。戦争でありながら、それでも仲間を見捨てず助けようとする……。皆、それに感じ入っていたのです」

 攻撃を止めたのは指示を飛ばしたのではなく、自発意思だったとソロネは言う。


「我々の負けを認めましょう。利害を越えて助け合う姿は素晴らしい。度重なる迫害により忘れていた心を思い出したのです」


 これはソロネたちの降伏宣言だった。

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