第33話 遺失叡智《イーシー・ルイヂー》の遺跡
集会所で準備を終えた京、アイシャ、陣の三人は骨絡繰兵が根城にしていると思われる遺跡へと足を運ぶ。
思ったような抵抗はなく、その道中でアイシャが疑問を口にした。
「しっかしまァ、
「今、聞き捨てらならん言葉が聞こえたが。まァいい、いい質問だ。この名は帝が考案された。帝は優れた技術者でもあらせられてな、技術そのものには罪はないと、な」
陣が言うには、前皇帝である龍とほぼ正反対の思想を持っていた現皇帝のフェイの考案らしい。
「さらにいえば世界の列強が覇を唱えようとしている中であるのに平和主義に傾き過ぎていた前皇帝の方針に反対されたのだ」
これがフェイの本音であるのは間違いなかった。つまりフェイの方針は国を富ませ、絡繰の技術を用いたより強き軍を作る事にある。
高尚な理想だけでは国が動かないことを兄が悟ったのだろうと京は推察した。
「……そうなんですね」
京は顔を曇らせる。龍の息子であるフェイが力を信奉していた妲己や時の帝を肯定していることに衝撃を受けたためだ。
戦役の立役者の一人であるヤンが京のいる辺境領に派遣されていた間に大きな変革が起こっていたという事になる。
「なるほどねェ、外交には知恵も力も必要って話か?」
アイシャも理解できないわけではなかった。もともと良家の令嬢であり、知識はある。
陣は感心したように頷いた。
「ただの小娘かと侮っていたが、よく理解しているな。そうだ、外交には優れた軍事力も必要だ」
「小娘じゃねェっていってんだろ?」
「そのような汚い口を叩いてるようでは、ただの小娘でしかないな」
アイシャが睨むが陣はどこ吹く風でカカっと笑っていた。
「……」
京は小さくため息。命を懸けた戦役が無駄でしかなかったのではないかという思いがあった。
それを察した陣は、話を続ける。
「話を戻そう。わが友フェイを時の帝や妲己と同じ愚を犯す者と決めつけられるのは心外でしかないのだ。国家の安寧には軍事力もまた必要だ」
陣はフェイを同じ志を持つ友だと語り、古代の技術を欲するのはあくまで国のためだと。
フェイへの信頼の厚さが窺える。
「将来は見据えているという訳ね。わかった、フェイ皇帝を信じてみるわ」
「素晴らしい。我が友フェイも喜ぶでしょう」
京が賛同の意を示すと陣は喜びからグッと拳を握りしめた。
「おっと、おしゃべりはそこまでにしたほうがうよさそうだぜ」
アイシャが待てと手で制した。
「骨の絡繰どもか、この未熟な機構からしてプロトタイプかもしれないな」
「ぷろ……なんだって?」
アイシャが思わず聞き返すと、陣はふむと頷き。
「これは失礼した。西洋の言葉をあまり知らないのか、あれは古い絡繰兵かもしれぬということだ」
「なるほど、だから脆かったのね」
陣の言葉に京が得心したと頷く。
「さて、蛇が出るか鬼が出るか、ね……」
古い作りの扉をこじ開けて遺跡に入ると、金属の壁でできた部屋に通じていた。
「なにこの変なの?」
「ケーブルだな。これで電力を動力伝えていたようだ」
京がケーブルを指さす。陣の言う通り劣化しているのか壁からがケーブル類が剥き出しになっている、とはいえ切断されてはいない。
「もしかしたら、ここは絡繰どもの製造工場のひとつかもしれないぞ」
「人を造る……ね」
京は薄気味悪いものを感じていた。自然の摂理の反した《モノ》に嫌悪感を感じるのはやはり京がまだ人だからだろうか。
「しかしこの様では放棄されているとしか思えないが……。仮に絡繰どもの製造工場だとしたらなぜ稼働している?」
「たしかに訳が解らねェな。やっぱり妲己なのか?」
アイシャが首謀者の名前を口にするのだが、確証はない。
「それはわからん。もしここが工場であるならば制御室があるはずだ。まずは制御室に向かうぞ」
「わかりました」
京が頷くと、陣がふと疑問を口にした。
「京殿、先程から気になっていましたが。なぜ丁寧語なのですか?」
「あ、いえ。陣隊長は軍の隊長さんですし……」
と、しもどもどろになって京が答える。基本京は目上には敬語だ。
「いえ、京殿は皇族であり我が友フェイの伯母であらせられる方。私に敬語など不要です」
「あの、畏まられても困るんですけど……」
皇族であることを捨てていた期間が長かったゆえ、皇族としての振る舞いが苦手になっていたのだ。
「なるほど、それは気遣いが足りなかった。では、私の事は気兼ねなく陣と呼んで欲しい。背中を預ける友だ、敬語で呼ぶのはおかしいだろ」
「わかったわ、陣さん」
陣の提案に京はフッと笑う。
「よし、わだかまりが解けた所で、制御室へ向かうとしよう。前は私に任せてくれ」
「おっし、頼むぜ陣のオッサン」
アイシャが陣の背中を思いっきり叩くと、
「誰がオッサンだ、小娘ッ!」
「……前途多難じゃない」
アイシャと陣のやりとりに京は大きなため息を吐くのだった。
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