第二章 都への帰還
第24話 里帰りの提案
「熊猫拳! 鉄肘!」
急造で作った訓練用の藁人形にアイシャが技を繰り出していた。
ズーハンに敗北を喫してからというもの、執着するように修行に打ち込んでしまっている。
藁人形が劣化する速度が速くなっているところからしてもそれが判る。それが三か月ぐらい続いていた。
「……」
修行に打ち込んでくれているのはいいが、無論これは好ましい事ばかりではない。
――悔しいのはわかるんだけど……。
憎しみばかりでは道を外れてしまう。それは極陽拳の師範として望んではいない。
アイシャは一族郎党を皆殺しにした絡繰兵を憎悪している、それが己を絡繰と自称するズーハンに敗北した事でぶり返したのだ。
「ほいほい、ちょいと休憩しましょ」
「はァ? いつもの日課終わってないだろ!?」
京は手を叩いて休憩だと告げるとアイシャが不満げな声を張り上げる。
「根を詰めすぎても修行ならないし、てなわけで、街に繰り出す修行よ!」
「どんな修行だよ、それ……」
満面の笑みを見せる京にアイシャは苦い顔をした。
ズーハンに勝ちたいのもあるが、街の住民には未だ苦手意識がある。
「怖いんだよ、街の連中が。自業自得とはいえさ」
アイシャが心情を吐露した。京の人徳のおかげで何らトラブルはなかったが、生きるためとはいえ野盗をしていたのだから人の視線が気になってしまう。
「……根を詰めたままじゃ、勝てるものも勝てなくなる。コレ、妲己も言ってたんだわ」
皮肉にも京が嫌っていた妲己はそれを言っていた。妲己は強さというものに執着していたが、そのための手段はきちんと弁えていた。
「なるほどなァ……」
対をなしている流派だけあり、その思想も似通るとアイシャは思わされた。
ライバルであるズーハンの師が言っていた事だ。アイシャはそれを聞き入れようと感じた、それは僅かな変化だっただろう。
しかし、大きな変化に繋がっている。
「それに、都にいったん帰ろうと思ってたから。馬と荷物を買わないとね」
「都って、将軍たちと昔の話をして懐かしくなったのか? 子供っぽいなァ」
故郷に戻ると言う京に望郷の念が出たのかとククッと笑うのだが、
「違うわよ」
京はいつになく真剣な面持ちをアイシャに見せると、
「まだ時の帝の部屋を残してるのよ、まだわかってない部分もあるから。もしかして調べれば何かあるかもしれないと思ってね」
と、京は箪笥から手紙を出した。京は現状一般市民と変わらない身分であり、そのまま都にある帝の居城に入れない。
「ほれ、証拠」
城への入場許可が降りたという通知と許可証が封入されていた。
「そうか、ババアも考えてたんだな」
「ヤン将軍たちに任せてばかりじゃ申し訳ないからね……。ケリをつけないとさ」
アイシャが感心したというと、京は正直な心情を打ち明ける。
実際、京が死んだ紂王の転生した姿なのかは分からないが、京も絡繰戦役の当事者だ。
「旅か……」
「いやそんな大げさなモンにはならないとは思うけど」
目の色が変わったアイシャを見て京が苦笑する。京の住む山は大陸の奥地に存在するが、道はまだ開けている方だ。
「ま、今日はちゃんと休んで明日買い出しに行きましょ」
「わかったぜ!」
休むという京にアイシャは妙に気合の入った声を出す。拳を握ってしまった事から気合の入りようも分かるという者だ。
「……」
――まったく、どっちが子供なんだか。
京は溜息を吐きつつ、そんな弟子の様子を微笑ましいと思うのだった。
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