第7話 アイシャと京《ケイ》の山籠もり

「ハア……ハア……」

 アイシャの息が切れそうなる。

 初日に山頂はさすがに無理という事で、まずは打ち捨てられた小屋のある場所までにしたのだが、やはり慣れていないアイシャには過酷だったようだ。

「キツイならゆっくり走ろうか?」

「ふざけんな……。ババアに負けてられるか!」

 ケイが気遣って声を掛けるのだが、アイシャはなんとか気を張って顔を上げる。

 そして走りだした。負けん気が強いのは襲われた時にわかっていたが、かなりのものだ。

「よし、いくぜ!」

 アイシャは自らを奮い立たせ、走り出す。

 とはいえ、アイシャがすぐに修行に打ち込んでくれるようになったのはありがたいと思っていた。

「……」

 とはいえ、京とてアイシャの生い立ちが気にらないわけではなかった。

 ――高名な家の子なのかしらね。

 何も唐突にそう思ったわけではない。

 荒々しい言葉の中に、気品が感じられたからだ。そして奪ったであろうチャイナドレスはお世辞にも戦闘に向いている服ではない、普段からそういった服を来ていたのだろうと思われた。

 ――着いてから聞いてみようかしらね。

 弟子が修行に励む姿を見ながら、京はそう思うのだった。



「ふう…」

 目的についた途端、気が抜けアイシャは地面に膝をついた。

 高所ゆえに空気中の酸素が薄くなっている中、走り切ったのだから。

「よっしゃ、初めてなのによく頑張ったと思う。まずは休んで」

「……」

 無言でアイシャは地面にへたり込んだ。

「ほい、お水」

 京が水筒をアイシャに渡すのだが、その京は息一つ切れている様子を見せない。

 アイシャは水筒を受け取り、フタを開けた。

「悪りィ……」

 飲み始めたのだが、意外にもおっとりとした飲み方だった。

「っと、ちょっと聞いてもいい?」

「あぁ?」

 訊ねる京にアイシャが顔を顰める。

「追い剥ぎする前、何やってたのかなぁって、ちょっと気になって」

「ッ!」

 アイシャの顔があからさまにこわばる。


「……聞かないでくれ、思い出したくねェんだ」

 

 強い拒絶だった。過ごした時間は短いが、ここまでアイシャが強い感情は見せた事がない。

「ごめん、無神経だったわね」

 京が沈痛な面持ちになる、アイシャに語るのも憚られる壮絶な過去があったのは察せられた。

「うーん、なら。少し休んだら、気晴らしに身体動かそっか」

「あァん? かわいい弟子を気遣うって事しないのかよ?」

 京の修行するという提案にアイシャがかなり嫌そうな声で抗議する。

「私たちらしいでしょ?」

「ったく……」

 アイシャは頭を掻かされる。しかし悪い気がしないのは京と打ち解けている証拠だろう。 

「へッ、吠え面かかせてやるぜ」

「おーおー、アイシャちゃん。やる気になったわねェ」

 気合の入れ、アイシャが立ち上がると、京がフッと笑みを見せる。

「おいババア。俺をちゃん付けで呼ぶなッ」

「いいじゃない。おあいこで」

 アイシャの微笑ましいとケタケタと笑い出すのだが、

「俺はガキじゃねェぞ。もういい、ブッ倒してやる」

 血気に逸るアイシャを見て京は真顔になり、


「まァ、まずこの空気の薄い環境に慣れなさいな。私に勝ちたかったらね~」


 立ち上がり、余裕を見せている。

「やってやらァッ!」

 アイシャが京に飛び掛かった――。


「……ち、畜生」

 竹林とは違い、高所は酸素がかなり薄い。慣れていないアイシャは京に触れるこすらができなかった。

 山を選んだのは基礎体力をつけるのと、酸素の薄い環境において肺に送る空気を増やすためだ。

「ちょっとはスッキリした?」

「……ははは」

 悔しかったはずだが、アイシャは笑っていた。

 慣れない環境ゆえに、一歩も及ばなかったが、大いに暴れることができたのだから。

「私も実は身体、弱かったから。気持ち、わかるのよ」

「本当かよ……」

 信じられないとアイシャは言うと、京は苦笑し、

「まァ、丈夫になれたのは功夫のおかけだけじゃないけど……」

 小声で言うのだが、その先は聞き取れなかった。

 アイシャは気にせず、拳を構えり。

「んじゃ、続きだ。まだやれ……」

「――!」

 アイシャは突然、ふらつき始めたのだ。京が駆け寄り、そして――。

「はァ!?」


 京は突然アイシャをひょいと負ぶったのだ。


「無理させちゃったし、道場まで負ぶって送るわ」

「や、やめてくれよ。ガキじゃねェし、恥ずかしい」

 アイシャは気恥ずかしさから顔を赤くしてた。

「動けないのにどやって帰んのよ。わがまま言わないで任せておきなさいな」

「いやだから……あの……その……」

 ますます気恥ずかしくなり、京の背中に顔をうずめてしまう。

「帰ったら。チャーハンにするからね。まだまだご飯はあるから」

「……うん、そうする」

 アイシャはこくりと頷いた。おそらくこちらの素直な性格が素のアイシャなのだろう。

「……」

 ――あれ、すっごくかわいい……。

 京の顔がにやけるのだが、もし見られたらアイシャに怒られるだろうと思い口には出さなかった。

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