第5話 京《ケイ》、弟子と共に師の墓に参る。
「強くなりたいんでしょ?」
「いやまァ、そうだけどさァ……」
少女がしもどもどろになると、
「私の弟子になれば、少なくともひもじい思いはしなくて済むし。これでも軍と知り合いだから、もうもめ事を起こさなければどうにかなるわ」
「……わかった」
少女は少し考え込むのだが、答えは早かった。軍や役人に追われる事なく、安定した生活が得られるならと決めたようだ。
「よしよし。で、アンタの名前は?」
「俺の名前は、
少女――アイシャは気恥ずかしそうに名乗った。男勝りな外見とは裏腹に可憐な少女の名前に京は微笑む。
「おォ、かわいい名前~」
「ったく、恥ずかしいっていってんだろ……、だからいいたくなかったんだよ畜生」
察しろという風にアイシャが顔をさらに赤くする、自分の名前が似合わないと思っているのだろう。
「いい名前もらったじゃない。誇りなさいな」
「ッ! 気安く触んな!」
京がアイシャの頭を撫でてやると、アイシャは手を弾く。
「おっと、ごめん。そういえば、名乗ってなかったわね。私は京。これからよろしくね~」
「……わかったよ、ババア」
アイシャは名前や敬称で京を呼ばず、こともあろうに婆呼ばわりするのだが、京と言えば――。
「……」
――照れてるのねェ。
まったく気にしていなかった。そもそも長く生きている京からすれば婆呼ばわりされる事には抵抗がない。早く言えば精神的な余裕の表れだ。
「ま、いずれ、慣れてくわよ。一緒に頑張りましょ! っと、ちょっと寄り道したいけどいい?」
「わかったよ」
不承不承という風にアイシャは京についていく。
山道を脇にそれると百合の花が群生している花畑が見えた。そこにはひとつの丸い石が置かれている。
「……」
京は静かに街長から貰った百合の花を石の前に置き、手を合わせる。
「墓、……か?」
アイシャとて京の行動の意味が解らないわけではなかった。静かに手を合わせる。
「……」
――
目を閉じて思うのは、京を引き取って功夫を教えてくれた極陽拳師範の事、
絡繰兵にも一歩も引かない武勇を持つ者だった。
「墓参りを終わったかよ、ババア」
「ええ。ついてきてくれてありがと」
京がフッと笑うと、アイシャは悪態こそついたものの墓参りについて悪くは言わなかった。
――名も知らない誰かの死を悼むことができるなら、大丈夫ね……。
口の悪い弟子の行動を見て、京はほっと胸を撫で下ろす。
「ったくなんだよ、ニヤニヤして気持ち悪ィな」
「別に~」
アイシャが悪態をつくと京はケラケラと笑う。
「んじゃ、明日からさっそく修行するから。山頂でまず基礎体力付けましょ」
「へッ、なんでもこいってんだ。俺は若いしすぐに強くなるぜ」
アイシャが鼻を鳴らして啖呵を切ると、京はますますおかしいと笑い。
「おーおー、余裕綽々かァ~。明日がすごい楽しみだわ」
「負けねェ!」
二人は言い合いながら道場へと帰っていくのだった。
明日からアイシャの修行が始まる。
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