第2話 京《ケイ》、露店を回る(改稿済み)
「着きましたよ」
「うんうん、いつ来ても賑やかね」
男に案内された
「それじゃ、私は家に帰りますので」
「ありがとう」
京が頭を下げると、男は街の奥へと入っていく。
市場に入るとものを売る活気のある声が聞こえるのだが、市場に似つかわしくない声が聞こえてきた。
「いい武器があるよ、いい
この朝市、実は武具も置かれている。
軍や役人たちが定期的に巡回するのだが、それでも不十分だと感じる旅人は多い。
人食い虎だけでなく、さきほど男を襲った絡繰兵がいるからだ。統制を失った絡繰兵は先の大戦ほどの力はないのだが、それでも一般人からすれば脅威そのものでしかない、武器の需要はますます増えていた。
「お、姉ちゃん。武器、どうだい。都で仕入れたいいのがあるよ」
「えっと、武器はいらないんで」
「え、冗談だろ、姉ちゃん? 人食い虎とかあとガラクタ野郎もうろついてんのに!?」
「このお方に限っては大丈夫」
商人は顔を青くするのだが、野菜を抱えた気のいい老婆が声を掛けてきた。
「あッ、ばあちゃん、久しぶり。って、やっぱ女の人に失礼かな」
「ほほほ、構いませんよ。実際おばあちゃんですし。私と老師の仲じゃないですか」
「そうね、そのとおりよね……」
街長は笑顔を返すと、京は赤くしていた。
「街長、この姉ちゃんとお知り合いで?」
商人が老婆――街長に訊ねると、街長は相好を崩して、
「ええ。この方は山に住んでいる老師様よ。もうここにきて数十年になるかしらねェ」
「え? 老師って、数多くのガラクタ野郎を平らげて人食い虎を片手で殺したとかいう……、あの?」
商人の声が震える。老師という言葉のイメージが強く街長と同じような老婆だと思い込んでいたらしい。
「虎を片手って……、噂に尾ひれ付きすぎじゃないかしら?」
「本当ですよ。さっき老師が町の者を絡繰兵から助けてくれましたしねェ」
「……」
街長がそういうと商人は言葉を失うのだが、
「しっかしまァ、素手で絡繰兵を斃すって、先の大戦の
「……」
今度は京が目を伏せる、かなり沈痛な面持ちだ。
「商人さん……」
「もしかして、老師は
街長が咎めるのだが、理由は商人にも推察できた。
「商人さんが悪いわけじゃないから。ちょっと師範の事を想い出して」
「そうか、それは悪い事を聞いちまったな……」
商人が頭を深々と下げる。触れてはならない物に触れてしまったのだろうと。
「いやいや、私が長生き過ぎるだけだから」
笑っているが、やはり悲しみは隠しきれないらしい。それは人の死を多く見てきてしまっているからだ。
「あ、老師。さきほど老師が助けた青年がお礼がしたいそうですよ。無論、私もですが」
「え、いいの? 別にお礼がほしいわけじゃないって毎回言ってるんだけど……」
礼はいらないというのだが、街長はフッと笑い。
「軍の巡回では不安もありますから、私たちの感謝の気持ですよ」
「毎回悪いわね」
京は世捨て人のような暮らしはしているが、さすがに長寿の京とて街に下りて食料は買わねばならない。
こうして京が街長たちから謝礼を貰えるのは、師範の代から築き上げた信頼が大きい。
「そういえば、老師様。結婚はされないのですか?」
「ぶっ……」
街長が唐突にそんなことを言い出すと、京は吹き出した。
「いやいや、私なんか器量なしだし。でも……」
「でも?」
商人が鸚鵡返しに聞いてきた。
「弟子を取りたいかなって最近は思うかなって。
師匠である錬がそうしたように、自分が教わったものを伝えたいという欲は強くなっていた。
「なるほどねェ、いいお弟子さん、見つかればいいな。っと、そうだ」
商人がニッと笑ったあと、売り物の入った袋を取り出し、
「俺たちがこうして無事に商いができるのは老師様のおかげでもあるからさ。こいつは武器の代わりだ、受け取ってくれよ」
金属製の護符だった。無骨な外見は手作りらしさがあふれている。
京はお金を支払おうとするのだが、商人は驚いた顔をして、
「いいのかい?」
「売り物には違いないでしょ? お金、受け取ってよ」
と、京は商人に銅貨を渡す。
「悪いねェ、老師様」
商人は銅貨を布の財布に入れた。
「では老師様。私の家に寄って行ってください、粗末なものですが、ご馳走しますから」
「それじゃ、ご馳走になりますかね……」
と、
「毎度ー!」
背を向けた京は、商人の感謝の声を受けながら街長の家に向かうのだった。
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