第289話 お役目
穏やかで賑やかなお茶の時間を終え、高耶は元気になった春奈と神棚の手入れをしていた。
「恥ずかしいわ……こんなに放っておいたなんて……許していただけるかしら……」
「忘れていたわけではないですし、繋がりは切れていません。大丈夫ですよ」
「っ、そういえば、陰陽師? なのよね。手際も良いし……お家でもやられているの?」
きちんと両手で持ち、神具を布で丁寧に拭う。そして、迷いなく並べていく高耶に、春奈は感心していた。
そんな高耶達の後ろでは、克樹と将棋盤を囲む子ども達がいる。
「いえ。陰陽師と言っても、元は武闘家の家系でして、武技を極めるために陰陽道に手を出した変わり者なので。祀っているのも、神格を得た先祖なのです」
「まあっ。ご先祖様を?」
「ええ」
この話を聞いていた優希が、得意げに口を開く。
「セツじいはねえ、むかしのおはなしとか、いっぱいおしえてくれるのっ」
「それは……そのご先祖様?」
「うんっ。お兄ちゃん、きょうはセツじいは?」
家や瑶迦の所では、充雪が見えるようにしていることもあり、優希は本当の祖父のように懐いていた。
宙を浮いている祖父だが、それをおかしく思うことももうないようだ。
因みにそれは、友人である可奈や美由も同じだった。
高耶は苦笑しながら答えた。
「今日は本家で稽古つけてるよ」
これに優希は手を打つ。
「ああ。おしおきけいこだねっ」
克樹が不思議そうに、言葉の意味を探す。
「おしおき……もしかして、悪いことをした人へのお仕置きのことかな?」
「うんっ! お兄ちゃんがとうしゅなのに、いうこときかなかったから、おしおきするんだって!」
本家での深淵の風の一件以来、充雪は時間を見つけては、抜き打ちで稽古を行ったりしているようなのだ。
あんなに会いたがっていた充雪に、今はかなり怯えているというのは、様子を見に行った統二の感想だ。最後の方は、子どものように涙目になっているらしい。
「とうしゅ……家の当主? 高耶くんが?」
「そうだよ! お兄ちゃんえらいの!」
「とうしゅ……かっこいい……っ」
昊がキラキラした目で見てきた。当主という言葉の意味は分かったらしい。思い当たることもあったのだ。
「そういえば、校長先生がごとうしゅって、タカヤ先生のことよんでた……っ」
「ああ……よく覚えてたな」
「うんっ。なんでだろうっておもってた」
どうしても那津は高耶を『御当主』と呼ぶのだ。それだけ敬意を示してくれていると分かるので、高耶も文句は言わないでいる。
「そんなにすごい御当主様なのね……確かに、あんなに式神さんを出したりしてるし……こういうのもきちんと出来るし……私、失礼なことしてないかしら?」
畏まられても困ると、高耶は慌てて否定する。
「いえいえっ。そんなことはありませんよ。ちょっと専門的なことも知っているってだけのことです」
「そう……? けど、本当に色々とありがとうございます。何も返せないのが心苦しいのですけど……」
「いいんですよ。それに、こちらもメリットはあるんです。春奈さんが巫女として隣にある神社と繋がりをきちんと持っていただけたら、こちらも助かるんですよ。実は……」
高耶はここはきちんと説明しておこうと、土地神のことについても話した。
「まあっ。そんなことが……それでピアノも?」
「ええ。昊くんがここで練習するだけでも、状態が良くなるんです」
それで良くなると聞いて、春奈は喜んだ。ピアノ好きとしては、練習でも音が聞けるのは大歓迎というわけだ。
その上、孫である昊にも会う口実が出来る。そして、そんな孫と一緒に自分の巫女としてのお役目で役に立てるのだ。孫と一緒にというのは、祖母として嬉しいのだろう。
「そうだったんですね。任せてくださいっ。きちんとお役目を果たしてみせます!」
「そんな、気負わずに……無理はしないでくださいね」
「ありがとうございます。ですけど、私なんだか……とってもやりたいんですっ。神さまのお役に立てていたんだって、知れましたもの……っ、お祖父様からお役目を継いだこと……今まで以上に誇らしく思えますわっ」
長く続けていると、盲目的にもなるが、ふとした時になぜこんなことをしているのだろうと無気力になる時もある。春奈の場合は、そうした気力を失っていた状態だった。
目に見えない成果を信じるというのは、胆力がいるものだ。心が折れないように、頑張るのは辛い。
だが、式神という不思議な存在を教えてくれた高耶が説明したことで、神の存在が確かなものに感じられるようになった。それは、春奈にとって何よりの救いになったのだ。
そして、そんな祖母を見て、幼い昊も決意する。
「おばあちゃん……ぼくもてつだう。そういうおていれとか、おしえて?」
「っ、昊……っ、ええ。これから色々、教えるわね」
「うんっ」
涙ぐむ春奈には気付かなかったふりで、高耶は神棚に向かって静かに手を合わせた。
この家はもう大丈夫だと伝えるために。
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