第277話 新鮮な気持ち
杉が申し訳なさそうに俯く。
「すみません……辞めてしまった子が多くて……それもピアノに苦手意識が強く残っているのか、やりたくないと……」
六年生まで来ると、それまでに辞めた子たちは多いが、意志もはっきりと示せるようになっており、今回だけでもチャレンジをと言ってもダメだったらしい。
やる気無しとのこと。
「習い事も他にやってしまっているので、時間が取れないというのもありまして……」
「録音……いや、ここまで来たら、なるべく生演奏で半分は欲しいですよね……最低でも、あと二人」
人数的にキツイため、録音になるだろうというものは、これまでの学年でもあったので、全部生演奏というのは無理でも仕方がない。
だが、それでも半分はなんとかしたかった。
「あと二人……あっ、
これに、那津が反応する。この二人は、コックリさんの問題の時に、高耶達が助けた少年達である。
「え? ああっ。そうですわねっ。まだ下校には間に合うっ。呼んで来ますわっ」
「お願いします。ただ、この後用事があるようなら無理にはいいです」
「分かりました」
高耶はこれなら何とかなりそうだと胸を撫で下ろす。それを見て、修が問いかける。
「知り合いかい?」
「ええ。たまに、休みの日に優希達とも遊んでいるんです。ピアノも興味があって、時間が合えば少し教えています。興味があるから覚えも良くて」
「それはいいね」
「はい。いつか、ここの土地神にお礼をしたいとも言っていたので、良い機会です」
「へえ……」
ここの土地神が、コックリさんから自分達を守ろうとしてくれたのだと高耶から聞いて知った二人は、いつかきちんとお礼がしたいと優希達と話していたらしい。
修も色々察したのだろう。それならば問題なさそうだと笑った。
しばらくして、高耶が指名した二人を含めた六年生の子達がやってきた。
だが、逆に指名した二人とは別に、伴奏に決まっていた二人の方が自信なさげな様子だ。
「……その……私、やるって言いましたけど、そんなひけないんです……」
「私も……難しい曲とか……無理です……」
立候補した者たちのほとんどが、こうして自信なさげな子達だった。だが、ピアニストの演奏はそれを覆す。
「今は、失敗したら恥ずかしいなとか、弾けないかもしれないとか、そういう気持ちが大きいかもしれないけど、一度聴いてみてくれるかな。きっと、そんな気持ちもより、弾きたいと思うようになるよ」
「「……はい……」」
一方、呼んだ二人は実にリラックスしたような顔をしていた。
「賢也、久史、突然呼んで悪いな」
「ううん。大丈夫。ぼくやるよっ」
「ぼくも……お兄さんができるって思ったんだもんね?」
「ああ。二人なら問題ない」
「えへへ」
「うんっ」
よしよしと高耶は素直な少年達の頭を撫でておいた。
そうして、全部の学年の伴奏者が決まった。
子ども達を帰してから、高耶は資料と子ども達の書いた紙を取りまとめる。そこに修が生き生きとした表情で歩み寄って来た。
「結構な数だったけど、それほど時間がかからなくて良かったよ」
「ええ。一曲ごとは短いですからね。お疲れ様でした」
「いやあ、楽しかったよ。程よい緊張感もあって、何より、あんな真剣に聴いてくれる子達が近くに居たから新鮮で」
修の出る演奏会は、何百人規模のものだ。観客の表情もそうそう見えないし、その他多勢の様子で、感覚的にまとめられてしまう。
だから、たった数人のためだけに弾くというのは、新鮮な経験だった。個々の表情も感じられたのだから。
それに、修はここで感じたものがあった。
「なぜか……高耶くんと弾いた奉納の時の感覚を思い出したよ……なんでかな?」
土地神のために奉納した演奏。その時の感覚を思い出したらしい。これに、高耶は窓の外へと目を向けて苦笑する。
「この場所は、あのステージを作った場所と同じです。土地神へと力が注がれやすく、広がりやすい」
「ここの?」
「ええ。挨拶しておきましょうか」
「ん?」
「あ、あの?」
修との話を邪魔しないようにと黙っていた杉は戸惑い気味に目を向けてくる。那津は、子ども達を昇降口まで送りに行った。六年のものは、曲数も多く、長めだったので、丁度付き添いの先生が戻って来られる時間が経っていたのだ。
だから、あの時の事情を知る者はここにはいない。
高耶は窓を開けてから、ピアノへ向かった。そして、弾き始めたのは、この学校の校歌が基にあるこの土地の音だ。
もう優希を迎えに何度も来て、高耶はきちんとそれを正しく聴き取っていた。
「っ……すごい……」
「っ……」
杉が感動しながら口元を両手で押さえながら涙を浮かべ、修も言葉を失った。
そうして、曲を弾き終わる頃、窓から一羽の金や銀に煌めく大きな鳥が、優雅に羽ばたいて入ってきたのだ。
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