第276話 現役のピアニストの演奏は

一年生の伴奏者は四人。


三クラスある中で、優希と可奈、美由が同じクラス。一人だけ男の子が、別のクラスらしい。


杉が生徒の名前を確認する。


「幸花優希さん、宮島可奈さん、来海美由さん、岩木そらさんです」


最近は、男の子でも『くん呼び』をしてはいけないらしい。ジェンダーの問題だとか言っているが、ここまで来ると逆に差別化する意識を植え付けそうにも思えてくる。


変化するタイミングだからかもしれないが、高耶や修には奇妙に感じるし、変に意識してしまって気持ちが悪い。


そんな気持ち悪さを感じながらも、早速始めていく。だが、その前にときちんと名乗っておく必要がある。


「こんにちは。聞いていると思うけど、今回の学芸会の伴奏の指導を頼まれた、秘伝高耶だ。こちらは、霧矢修さん」

「よろしく」


修が笑顔で初めて会う男の子の方に目を向ける。優希達とは、昨日まで一緒にピアノを弾いたりしていたので、彼女たちに警戒心はない。


そう。男の子の方は、かなり警戒しているようだったのだ。そして、彼が口を開く。高耶の方を見てだ。


「……お兄さんじゃないの? 名字ちがうじゃん」

「ん? ああ、優希から聞いたのか?」


そこで、杉も不思議に思っていたのだろう。口を挟んだ。


「そういえば、幸花ではないですね? それに……その……校長は確か、御当主と呼んでらして……」


これに、那津が説明していなかったと、高耶と目を合わせる。


「そうねえ。私はもう御当主と呼び慣れてしまったから……」


これは説明しておくべきかと高耶は頷いた。杉は気になったらそのままにしておけない質のように思う。ならばと口を開いた。


「母が再婚しまして、戸籍上は幸花に変わっているのですが、俺の場合は、継ぐべき家と仕事がありまして、仕事の方の関係者を混乱させないように、亡くなった父方の秘伝をそのまま名乗っているんです。成人したら戸籍も秘伝になりますので」

「だから御当主……あ、すみません。こんなこと聞いてしまってっ」


申し訳ないと、杉が頭を下げる。


「いえ。気になるのはわかりますから。これで、理由はわかってくれたかな」

「うん……」


昊も頷いたので、続けることにする。


「それじゃあ、そこに座って、机に持ってきた楽譜を置いてくれるかな。ああ、優希達は分かってるからいい」


どんな曲を弾けているか、確認するためのもので、優希達は高耶が教えているので問題ない。


「見せてもらうね。その間、弾くことになる曲を聴いてもらう。それで……この紙に、それぞれの曲の感想を一言でも良いから書いてほしいんだ。楽しそうとか、そんなのでもいい。その中で弾きたいと思った曲には丸を付けて。これは幾つでもいい」

「それ……ひけるかどうかはかんがえなくていい……?」


昊の質問に、高耶は笑顔で頷いた。


「もちろん。弾ける曲にも出来るからいいよ」

「……わかりました……」

「なら、名前を上に書いてもらって……修さん、お願いします」

「うん。なら、先ず①番の曲」


演奏は、修に全部任せることになった。その間に、個人の力量をその子が持ってきた教本から探るのが高耶の役目。


さすがは現役のピアニストだ。台本から読み取れた情景もきちんと反映された曲奏になっていた。


一年生の曲は十曲。情景のための歌無しの短い曲が八、二つは歌有りの曲だった。


それらを真剣に聴き終えた優希達は、最後にほおと息を吐く。それだけ夢中になって聴いていたのだろう。これは、やはりピアニストの腕が良いからだ。


「それじゃあ、紙を回収する。後日、これを元に担当曲を伝えるので、その時まで待ってくれ。お疲れ様」

「「「ありがとうございました!」」」

「っ……ありがとうございました……」


良い音楽を聴いたというように、笑顔を輝かせて修に礼をする優希達に続いて、昊も頭を下げていた。優希達は、瑶迦の所での習い事の習慣で、きちんと礼をすることを知っている。


修も元気な礼に嬉しそうだった。そこで、ふと高耶は思い出す。


「校長先生、この後の子達も、学年下校は終わってしまいますよね? 一人で帰すんですか?」

「いえ、個別に先生達で送って行くことになっています。少し待ってもらうことになりますけど」

「なら、この部屋で待ってもらいましょうか。騒ぐ様子もありませんし」

「そうですねっ。なら、先生達に出られる時間になったら、ここに来るように伝えましょう。職員室で待たせるのもかわいそうですからね」


学年下校で、途中まで送って行っている先生達が戻って来るまで待つ必要があったらしい。今の時代、色々と気を遣わなくてはならない所があるのだろう。


「優希達は、門の所で珀豪が待ってるから、気を付けて帰るんだぞ。今日は習字の日だったか?」

「うんっ。カナちゃん、ミユちゃん、いこっ」

「うん、タカヤ先生、またね~」

「シュウ先生もまたね~」

「ふふっ。気をつけて帰ってね」

「「「は~い」」」


修にも手を振って、三人は教室を出て行く。一緒に那津も出て行き、職員室に伝えに行った。


「君は、しばらくここで待っていてくれ。他の学年の伴奏の子たちが来るから、静かにね」

「うん……きいてていい?」

「ああ」

「っ……」


とても嬉しそうだった。そして、次の学年を待っている間、昊が声をかけて来た。


「その……お兄さん……」

「ん? どうした?」

「っ……あの……こじんレッスンって……おかねかかります……よね?」

「個人レッスン? 一応、学校が終わった後に、一時間くらい残ってもらって、練習してもらうことになっているが……それとは別にってことか?」

「うん……っ、ピアノ……ならってるの……二しゅうかんにいちどだから……っ」


二週間に一度の習い事としてのピアノ。それだけでは、不安なのだろう。


「そうだな……校長先生と相談して、考えてみるよ。大丈夫。ちゃんと弾けるようになるよ」

「っ……うん」


やりたいという気持ちは、十分にありそうだった。そんな子には、きちんと向き合ってあげたい。


次の学年も、それ以降も問題なく進んだ。


教本を見れば、その子がどういった所で躓いているのか、好きか嫌いかもなんとなく分かる。


学年が高くなるにつれて、やる気のなさそうな子が増えてきた。しかし、最初は表情の曇っていた子ども達も、修の演奏を聴くと目をキラキラと輝かせる。こんな風に弾きたいと思わせる演奏を、修がするからだ。


何より、弾けるか弾けないかを考える必要はないと言ったからかもしれない。先ずは弾きたいと思う曲を見つけること。それを優先したことで、気兼ねなく聴けたのだ。


そして、最後の六年生。


「これはまた……歌ばかりだね」

「これを……二人で、ですか……」


杉が、生徒が来るまでにと、伝えて来たのがその人数だった。


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