第269話 新たな一面

統二は完全に父親を見限ったあと、高耶の方へ向かってくる。ふうと息を吐いて顔を上げた時には、いつもの統二だった。


「兄さん、お疲れ様です。礼儀知らずなおじさん達は放っておいて、帰りませんか?」

「まあ、そうだな……」


父親とさえ思いたくもないという様子に苦笑しながら答えて、部屋にある時計を見れば、昼を過ぎる頃だった。


「さすがに腹も減った」

「ですね」


そこで、焔泉と蓮次郎に目を向ける。


「すみません。結界、ありがとうございました」

「あ、もういいんだったね」

「はい」


蓮次郎は、まだ心のどこかで外を警戒していたようだ。


「アレとは二度と会いたくないわあ。いつまでもそこに在るような気いするえ? なんや、まだゾワゾワする……」

「もういませんよ。結界を解いたら、落ち着くと思います」

「さよか? ん? ほんまやな……」

「なんか変な力が入っていたみたいだね」


ずっとムズムズとするような感覚があったのだろう。危険が近くにある感覚だ。それが、解決した今もあったのだ。


「アレは記録よりも遥かに、見ているだけで嫌悪感を増長させますからね」


記録資料にあった記述では言い表せないほどの嫌悪感。ある意味、当たり前だ。アレは、人の世に出てきて良いものではないのだから。


「付き合わせてすみませんでした」

「いやいや、こっちが勝手に来たんだから」

「ここの現状も、代表としては見ておきたかったんよ」


普通なら、当主への挨拶=本家に訪問となるのだが、秘伝家の当主の高耶は本家に居ない。よって、本家に訪問する理由がなかった。


だが、おかしなものを隠していないか、大きな問題を隠して抱えていないかという確認のためにも、本家訪問は本来は必要なものだ。


今回はまさに、『問題を隠して抱えていた』ということになる。


「高坊、当主として先に言うことあるやろ」

「っ、はい。ありがとうございます」


焔泉としては、すぐにでも一喝したいはず。不可抗力とはいえ、あんなものを家の周りに飼っている状況など、危なくて仕方がない。それを黙っていたことになるのだ。充分問題だった。首領代表として見過ごせるものではない。


それを、まず当主である高耶に譲ってくれた。自分たちの口で説明し、反省する機会をくれたのだ。


高耶は家に入り、未だ半身を布団の中に埋もれさせている者たちを見る。すると、勇一が彼らに告げた。


「何をしている! 当主の前だ。さっさと布団から出ろ!」

「「「「「っ!!」」」」」


慌てて布団から出て、正座する秀一以外の者たち。動けるくらいには回復したらしい。


「申し訳ありません。アレはお目に入れる必要はありません。後ほど、処理いたします」

「ああ……」


アレと勇一に言われた秀一は、泣きそうな顔になって殴られた状態のまま座り込んでいた。話が進まないので、高耶も放っておくことにする。


「今回の問題、あなた方は意識がなかったというのは分かっています」

「っ、そ、そうです。何が起きたのかも分からず……」

「突然でして……」

「黒い影しか見えず……」


これは言い訳かなと高耶は内心呆れていた。統二はわかりやすく表情に出している。


「そうですか。ですが……アレの気配に気付けないのは問題ですね」

「え……」


高耶は腕を組み、少し首を傾げた。瞳が冷えているのに、彼らは気付いていないようだ。


「隙を突かれたとしても、倒れる前に踏み留まるくらいはしてもらわないと」

「っ……」


目を細め、腕を組んだまま片手を顎に添える。困ったものだなというように。


「秘伝の者ならば、それくらいは出来なくては困ります。鍛え方が足りないようですね……見たところ、もう普通に動けるでしょう。大して精神を持って行かれていないのは明らかです。少し齧られたくらいで意識不明になるとは……秘伝の名が泣きますね……」

「「「「「っ……」」」」」


正座していた者たちが、カタカタと震え出す。これは、馬鹿にされたという怒りではなく、高耶から不快だという感情をぶつけられているための恐怖心だ。それに、ようやく気付いた。


「あなた方は、本家直系と、その弟子として認められている方たちではありませんでしたか? それがこの体たらく……どういうことです?」

「そっ、それっ、それはっ……っ」

「それは?」

「「「「「っ!!」」」」」


ヒクリと息を呑み、背を丸めていく一同。秀一も、いつの間にか震えながらも正座していた。


高耶から向けられる威圧に怯えているのだ。


「話さないならそれでも構いません。秘伝家の者は口下手な者が多いですからね。口よりも、武で語るものでしょう。ただ、私も暇ではありませんので……とりあえずこれより……日が落ちきるまででいいでしょう……充雪」

《おうよ。俺が直々に稽古つけてやるよ。嬉しいだろ? お前らが返せとか戯れ言ほざいた、俺様が相手してやるんだからなあ》

「「「「「っ!!」」」」」


彼らが求めて止まなかった、充雪の存在。その存在から、当主でもないのに稽古を付けてもらえるなど、本来ならば泣いて喜ぶところだ。


しかし、彼らには死刑宣告に等しかった。


「死なすなよ? 面倒だ」

《今日会う天使と悪魔に、回収しないよう言っといたら良いんじゃね?》

「結界は張っていく」

《なら、安心だなっ。お前らよかったなあ。死んでも魂が逝かんよう、結界を張ってくれるってよっ。自分たちで蘇生させろよ? まさか、当主にこれ以上手間かけさせねえよな?》

「「「「「っ、ひっ」」」」」


ついでに将也の代わりに殴るつもりなのだ。それが分かるから将也は後ろでニコニコしていた。充雪がこれを口実に楽しんでくれればいいなと思っているのだろう。


《優しい当主に感謝しろよ?》


ニヤリと充雪が笑った時。意識を飛ばしかける者が続出していた。


「……兄さんが黒い……っ、カッコいいっ」

「っ、高耶くんがっ、高耶くんがっ……やっぱり息子に……っ」

「こ、こんな高坊……っ、なんや、胸が……っ」


統二や蓮次郎、焔泉が新たな高耶の一面を見たと感動に打ち震えているとは、高耶も知るよしもなかった。


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