第六章 秘伝と知己の集い

第251話 兄自慢は妹の特権

連盟と大陸の協会との合同の仕事からひと月ほどが経った。高耶ももう大学の後期が始まっている。


そんな中、高耶は数日前からずっと浮かない顔をしていた。少しばかり気が滅入っている様子だ。


それはまるで子どもが得意でない科目がある日の朝というくらいの、些細な問題を前にした程度のもの。ただ、これはまだ数日は続くだろう。


周りも理由がわかっているので、特にフォローもしない。寧ろ、諦めろと進言する。


《主よ。約束は約束だろう。腹を括れ。まだ週末の話ではないか》

《そうよ。まだ数日ありますわ。それに、ちょっとした食事会でしょう? まあ、呼ぶ方達はアレな方達ですけど……》


珀豪と天柳が、そう言いながら、朝食を高耶の前に並べていく。


天使や悪魔、エルラント達などを呼んで、高耶の家族を紹介するという食事会が、延びに延びて今週末、瑶迦の作った世界にあるホテルで、予定されているのだ。まだ先とはいえ、気が重い。


《うちっ、わたしも今日はあっちでメニュー決めとか、お手伝いするんですっ。ホテルの制服が可愛いんですよっ。ご主人! 当日は是非! 是非見て感想をください!!》


飲み物を運んで来たメイド姿の屋敷精霊のエリーゼがグイグイ近付いてくる。それに綺翔が一言告げた。


《エリーゼ……煩い。一人だけ着物着せるよ……》

《っ、すんまへん! それは堪忍してください!》

《……》

《綺翔姉はんっ》

《煩い》

《黙ります!》


エリーゼの躾係は綺翔らしく、彼女は綺翔には逆らわない。ちなみに、エリーゼは屋敷精霊といっても、高耶との契約が強力過ぎたらしく、その気になれば、高耶について家を出る事ができる。専属メイドのような存在になっていた。


よって、いつもはこの家と瑶迦の家を好きに出入りしている。ただ、家事だけは無性にやりたくなるらしいので、手が足りない方へ行ったり、時には瑶迦の作った世界のホテルで働いたりしていた。


その折に、中居の仕事をすべく着物を着たらしいのだが、自分の西洋風な見た目とのギャップに打ちのめされ、更にはとても苦しいとのことで、すっかり着物嫌いになったという。ただ、自分が着るのが嫌なだけで、着付けも問題なく出来るようにしている。


最近は、優希がお茶やお花のお稽古の時には、その着付けを任されていた。


「いやあ、今日も賑やかで華やかだねえ。おはよう。エリーゼちゃん。スープは何?」

《おはようございます! 樹様! 今日はコーンとニンジンです。どちらにされますか?》

「コーンで」

《すぐに!》


義父の樹が楽しそうに、朝の支度を終えてやってきた。その後ろから、母、美咲が顔を出す。


「おはよう。うわ~、今日も素敵な朝食ね~。あ、エリーゼちゃん。私はニンジンが良いわ」

《承知しました!》


エリーゼが台所に駆け込んで行く。彼女はパタパタと足音がしない。埃も立たないので問題はないが、ここで珀豪からは注意が入る。


《エリーゼ。元気が良いのはよいが、もう少し行動に余裕を持て》

《はい! 師匠! 優雅さも忘れずにですね!》

《うむ》


何を目指しているのか、いまいち分からない。一流の主夫を目指す珀豪なので、悪いことではないと信じて任せている。


《コーヒーもらう》


清晶がコーヒーメーカーから、二つのカップにコーヒーを入れ、一つはミルクをたっぷり入れる。そして、その二つのカップを持って台所を出て行く。ブラックの方は高耶へ渡した。


《はい。今日はブラックでしょ》

「ああ。ありがとう」

《ん》


高耶は前日の夜に仕事があると、ミルク入りのものを飲みたくなる。それが分かっている清晶は、自分のものと高耶のものを作って用意するのだ。


「お兄ちゃん。あとで三つあみして。あのリボンつけたいの。今日はたいいく体育がないからいいよね?」


隣に座って、バターナイフを見事に使い、パンを食べていた優希が、リビングの机の上に置いてある薄い華やかな青のリボンを指さした。


優希は高耶に髪を結ってもらうと、良い事があるのだとか。お陰で高耶は、髪の結い方の本で勉強する毎日だ。イメージトレーニングだけで大体出来てしまうため、それほど苦ではないのが救いだろうか。


「いいが……かなり長そうだな。リボンも一緒に編み込みにするか? その方が取れないだろ」

「っ、うん! あのね! あれ、このまえのにちようび日曜日に、ヨウカ姉とそめもの染め物したやつなの! キレイでしょ?」

「へえ。ああ。キレイだな。きちんと染まっている」

「えへへ。もっと上手くできるようになったら、お兄ちゃんにはハンカチあげるね」

「それは楽しみだ」

「うん!」


優希は様々なことを体験するようになった。なんでも挑戦し、なんでも真剣にやりたがる。血の繋がりはないが、気性は秘伝の者に似ているというのが、瑶迦達の評価だった。


「お兄ちゃん、今日はおむかえ、こられる?」

「ん? そうだな……大丈夫だ」

「やったあっ。あのねっ。こんど、学げい会があるの。そのときの、うたのピアノのばんそうを、わたしとカナちゃんとミユちゃんと、ソラくんでやることになったんだよ! ソラくんだけがちがうクラスなの」


なるべく多くの子に、伴奏もさせたいのだろう。小さな曲を二つずつ担当するらしい。本当はもっとピアノを習っている子どもが多いことを想定していたようだが、いなかったのだろう。


学年ごとの劇だが、ひと学年に一人、二人しかピアノのできる者が居ない場合もありそうだ。最近は、ピアノを習う子どもも減っている。


「それでね。先生もあまりピアノできないから、お兄ちゃんにしどう指導をおねがいしたいんだって」

「そういうことか」

「ふふっ。お兄ちゃんは、プロなみだよっていったら、ほかの学年の先生たちが『それなら、他の学年の伴奏を録音させてもらったりできないかな?』って、いってたの」


本当は生演奏が良いのだろうが、無理ならば録音。だが、既成のものを手に入れるのは難しいだろう。あったとしても、古い音源だ。せっかくの劇の雰囲気が壊れるだろう。そうなると、誰かに頼むしかない。


「ああ……なるほど。別にいいぞ?」


高耶にとっては、それほど手間ではない。寧ろ、いろんな曲が弾けて楽しそうだ。劇の曲なんて、中々弾ける機会はないから面白いだろう。


「じゃあ、今日、先生たちにいっておくね!」

「ああ。詳しい話は、迎えに行った時に聞くよ」

「うん!」


優希は何よりも、高耶が迎えに来てくれるというのが嬉しいのだろう。そこに、統二が瑶迦の所に繋がる扉からやって来た。


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