第250話 本当に理解したようです

上位の天使と悪魔の存在を、痛い程感じた若い祓魔師エクソシスト達は、クティ達が高耶との再会を約束して帰って行ってから数時間、その場から動けなかった。


あまりにも見苦しい様子に、年長者達はオロオロとしながらも、正気に戻すためか、水をかけたりと、若い者たちはその後も散々な目に合っていた。


日が落ち始めると、その場に留まることの方が怖いと感じ始めたようで、ビクビクしながら何とか立ち上がっていた。


それを確認し、蓮次郎とレスターが挨拶を交わす。


「それじゃあ、明後日の昼11時の懇親会でね」

「はい……今回は、本当に、ご迷惑をおかけ致しました……」

「いいよいいよ。若者を正しく導くのも、年長の役目だしね~。後進の教育についても話そう」

「ええ。よろしくお願いします。鎧については、こちらで買い取りの処理をいたします」

「そっちはよろしく」


そうして、レスターは祓魔師《エクソシスト》達と去って行った。神聖な遺物となってしまった鎧は、一度全てイスティアが回収し、持ち帰ることになったのだ。魔術師の最高峰は、ゲームのような亜空間収納を実現していた。


それもこれも、子どもの頃の高耶の何気ない、『出来たらいいのに』の言葉が影響している。ある意味、勤勉すぎる。


「それ便利よね~。私にも教えて♪」

「私もやってみたいねえ」

「お、いいぞ。結構ムズイけどな」

「え~、ティアがムズイって、どんだけ?」

「それは、やりがいがありそうだね」


難しいと聞いて、キルティスとエルラントは密かに燃えていた。難問への挑戦は、長く生きる者ほどワクワクするようだ。


一方、見守ることしか出来なかったら勇一は、一人落ち込んでいた。


「……役に立てなかった……」

「当たり前じゃん。ほんと、あんな存在とも渡り合える高耶兄さんと張り合おうなんて、よく考えられたよね」

「っ……」


統二は、ここぞとばかりに責める。まだ高耶を蔑ろにしていた過去を許してはいないのだ。


「父さんも……ほんとバカ。あの若い人たちと一緒だよ。勝手な思い込みを捨てられず、上書きできないなんて、この世界じゃやっていけないんじゃない? そもそもの資格もないんだよ」

「……お前は……お前にはあると……」

「は?」

「っ……!」


すごくガラの悪い様子で睨みつけられ、勇一は、これは本当にあの後ろに従うしかなかった統二なのかと、不安になる。


「そんなこと気にしてるから、ダメなんだよ」

「っ……」


もう話す気もないと、高耶の方に歩き出した統二。その背中を見て、勇一は衝撃を受けていた。未だに高耶を認められない自分の中に残っていた驕りを、見透かされたように感じたのだ。


だが、今日この場に居てようやく心から理解した。


「……敵わない……」


勇一は、自分でも知らない所で、敗北を認められずにいたのだ。それが、完全に打ち砕かれたことを感じた。


「……俺は……役に立ちたかった……?」


『役に立てなかった』という言葉は、完全な敗北を認めたことと、今度は役に立ちたいという思いから出たものだと気付く。


それは、今までのように自分の力を過信したことで出た思いではないと、ゆっくりと理解していく。


「っ……俺……っ、は……あの人の役に立ちたかったのか……っ」


認めて欲しかったのは、父にではなく、一族にでもなく、ましてや、先祖にでもない。


「……当主の……あの人の役に立ちたいんだ……」


頼られたい。信頼されたい。そう今、心から思うのは、高耶に対してだった。それが唐突に分かった勇一は、顔を赤くしながら涙を流す。


悔しかったのだ。そして、絶望した。負けたからではなく、認めたからではなく、今の自分に、高耶から信頼される部分がないことを知って、ショックを受けた。


それはまるで、子どもが父に認められないことを悔しがって泣くようだった。頑張っても努力しても、認められないことを悔しがるようだった。


腕で止まらない涙を乱暴に拭う。体格もいい二十歳もとうに過ぎた大人が、必死で声を抑えながら泣くのだ。それは少し異様だろう。だが、今の勇一には、恥ずかしいと思う余裕すらなかった。


そこに、いつの間にか高耶が近付いてきていた。


「どうした?」

「っ!」


ここでようやく、恥ずかしさを感じる勇一。とはいえ、この場では少し前に若い祓魔師エクソシスト達が醜態を晒したばかりだ。それほど高耶や他の者たちも、勇一の今の状態を気にしてはいなかった。


「怖かったか?」

「っ……い、いいえ……っ、すみま、せん……っ」


腕を顔から外すことが出来ず、勇一は震える喉を何とか宥めながら告げる。


そこに、そっと背中を撫でられる感覚を感じて、びくりと体を震わせた。


「大丈夫か? 今日は色々あったからな。明日もゆっくり休むといい。懇親会は……出ないといけないようだからな……」

「っ……」


酷いことをしたと勇一も今なら心から思う。幼くして一族の陰謀で父親を亡くし、正当な当主であるのに、その権威を正しく振るうことも、一族は許さなかった。けれど、面倒事は押し付けてきたのだ。最低な行為だ。


そんな事に加担してきた勇一を、高耶はなぐさめる。本当は話をするのも、付き添いをするのも嫌なはずだ。そう思えば、更に涙が溢れた。


どうあっても、自分はもう許されないのだと感じたからだ。


「すみません……っ、すみま……っ、せん……っ」


謝罪など、何の意味があるのか。そう思うのに、その言葉しか出てこなかった。


「落ち着け。大丈夫だから」

「っ……」


こんな言葉をもらうと、許されるのだと思ってしまいそうになる。勇一はグッと力を入れて涙を堪えた。コクンと喉を鳴らして息を落ち着け、残っていた涙を腕で強く拭った。


「も、申し訳ありません。もう、大丈夫です。今日は……今日は帰ります。またのご指導、よろしくお願いします!」

「ん? あ、ああ……気を付けて帰れよ」

「はい!」


優しさを鵜呑みにするなと自分を叱咤し、勇一は深く頭を下げると、連盟本部に繋がるドアからこの場を一人後にした。


「……兄さん、優しくしすぎ」

「そうか? でも……なんか、吹っ切れた顔してたな」

「……うん……」


そうして、長い一日がようやく終わったのだ。


**********

読んでくださりありがとうございます◎

次回より新章です。

かなり別サイトのものに追いつきました。

ギリギリまではこのペースで。

追い付きましたら週一になります!

よろしくお願いします!

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