第239話 いつもは退屈らしい

次に飛び出して来た天使は三人。


先頭に居るのが女神と見紛うほどの美しい女性。そして、それに従う騎士が二人。


高耶の姿を認めた女性は、嬉しそうに微笑んで高耶の前に降り立った。きちん地に足を付けたのだ。それに倣い、二人の騎士も彼女の後ろに降り立つ。


《お久しぶりですわね。タカヤさん。あの子はお力になれているかしら》

「はい。お久しぶりです。最近は度々喚び出しておりますので申し訳ないのですが」


彼女があの子と呼ぶのは、瑠璃のことだ。瑠璃は、彼女の配下だった。彼女とも、瑠璃と誓約を交わす時に会っていた。


《ふふふ。構いませんわ。寧ろ、あの子から地上の……あなたのお話を聞けて、わたくし達もとても楽しく感じていますの。ほら……退屈ですから》


囁くように言われ、高耶も思わず笑ってしまう。瑠璃も言っていたのだ。天界は退屈だと。長い時を、ただ生きているだけ。もちろん、世界のバランスを取ったりという仕事はあるが、それも劇的に何かが起きるわけでもなく。


ただ己を鍛え、磨き、存在を高みへと持っていく。それだけなのだと。


《そうそう。退屈なんだよ》

《こうも変化がないと、訳もなく苛立ってしまったりして……》

《むしゃくしゃするね。何かやりたいけど、やれることがないと。けど、まあ、こっちは下の奴らを適当に間引く仕事もあるから》

《こちらも、下位の悪魔の処分は仕事としてありますから助かりますわ》

《いやいや。アレらは本当に、それくらいしか役に立たなくていけない》

《まあっ。それでも有り難いくらいですわよ。暇つぶしになりますもの》

「……」


この情景を見て、祓魔師エクソシスト達は何を思うだろうか。なんだか怖くて、高耶は振り向けなかった。


《そういう若いのの教育はしないのかい?》


クティが指を差す先には、未だ地面にめり込んだままの若い天使がいる。ジタバタと動けているので、頭だけ固定したようだ。


それを見て、女性は困ったものを見るように片頬に手を当てて、優雅に首を傾げて見せる。


《これも変化のないことが原因ですわ。困った子だと、こうした有事の時にしか分かりませんの……》

《あ~、アレだ。普段は優等生なんだろう》

《ええ。人にもあるそうですわね》

《そうそう。何か事件を起こしてしまっても、周りの人はいい子だったって言うやつだ》

《普段の何気ない生活では、分からないものですわよね》

「……」


教育相談だろうか。その埋まった天使を見ながらの会話だ。どうやら、二人は楽しいのだろう。普段はこうした会話もない世界にいるのだ。悪魔だ天使だという区別はなく、ただ淡々と過ごして来た日々の無聊ぶりょうをお互いになぐさめ合っているように見えた。


だが、申し訳ないが、今はそれどころではない。


「あの……アレの話をしてもいいでしょうか。あのまま霊穴を開けたままにもできませんし……同じく天穴も……」


幸いなことに、クティが出てきたことで、彼の眷属達によって霊穴からは新たに悪魔が出てこないようになっているようだ。だが、いつまでもそのままというわけにもいかない。


そして、天使の出てきた光る穴も消えることなくそこに存在したままだ。これもあまり良くない。本来ならば、出てきた時点で一度閉じるはずなのだが、今回は開いたままになっている。人が決して開けることの出来ない天穴。だから、人が閉じることもできない。


《ああ、そうだった》

《そうでしたわ。アレらの行く末がはっきりするまで、穴も閉じられないのです。万が一、本当に門を閉じられてしまったら困りますので》


彼女は、あの鎧に込められた念を知って、やって来たようだ。恐らく、瑠璃が話していたのだろう。


「アレを知って、来てくださるつもりだったのですか?」

《ええ。それなのに、先にこんな若い者が飛び出してしまって……今回は、門を使う訳にはいかないと思いましたので、あの穴を固定する準備も必要で……遅くなり申し訳ありません》

「い、いえ。どのみち、どうしようかと迷っていましたので、助かりました」


高耶は心から来てくれたことに感謝をしている。それが伝わったのだろう。


《あら、ふふふ。瑠璃が気に入るのが分かりますわ。どうです? わたくしとも誓約しませんか?》

「っ、あ、いえ……光栄ですが、さすがに分不相応ですので」

《まあっ。うふふ。十分な格をお持ちですのに、そういう謙虚なところも、好ましく思いますわ》


そう口にしてから、女性は騎士の一人に、若い天使を運ばせるように手で示す。すると、クティも心得たように術を解いた。


《っ、ぐっ、き、きさッ!!》


多分、貴様と言おうとしたのだろうが、その前に騎士によって気絶させられ、後ろ襟を掴まれて引きずられるようにして天穴の方へ連れて行かれる。そして、ゴミでも放るように、天穴へと放り込まれた。騎士も少し苛立っていたらしい。うんと頷いたので、若い天使に怒っていたようだ。


《これで話せそうですわね》

《ああ。こちらも一応、二人呼んでいいかな》

《ええ。あれも三体ですから》


クティは少し離れてから、二人の眷属を喚び出した。その二人も上級悪魔なので、話は通じるはずだ。


《さて、こちらも準備は整った》

《では、始めましょう》

「……えっと……?」


クティも女性の方も、誰もが高耶へ目を向けた。そして、二人してにこりと笑ったのだ。


《タカヤさん。結界はどれくらいのものが張れるかしら》

《次元隔絶とか出来る?》

「……張れと言ってますか?」


物凄く期待されている。出来ないとは、一ミリも思っていない笑みだった。


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