第238話 どこの世界でも

光を纏って現れたのは、真っ白な大きな翼を持った男性の天使。白い鎧は簡素だが、服と一体化しており、その服自体が防御力に優れているのが感じられた。一見して武器は持っていない。


その顔だけでなく、姿全ての存在自体が美しいと心に訴えかけてくるのは、上級悪魔と変わらない。そう感じているのは、彼らの存在に慣れた高耶だからだろう。


上級悪魔と同じだと言えば、きっと天使達は怒りを露わにするはずだ。だが、何よりも視覚から精神に作用する力は天使の方が強いため、厄介だ。


「常盤、黒艶、結界を強化」


静かにそう、近付いてくる天使を見つめながら口にすれば、結界内で蕩然としてしまっていた祓魔師エクソシスト達が、ゆっくりと意識を取り戻した。


とはいえ、その視線は天使から外れてはいない。そして、天使も、それが当然だと思っている。


高耶はふうと小さく息を吐く。これだけ大きな霊穴が開けば、義勇に駆られて出て来るだろうとは思ってはいたが、歓迎は出来なかった。


彼ら天使は、若い者ほど自分たちの正義が誰にでも当てはまる正義だと思っている。自分達の意見は誰もが賛同すべきものと思い込む、いわば、話を聞かない系の困ったちゃんだ。


もちろん、全部が全部そうではないのは、瑠璃が証明している。長く天使として存在し、世界のことわりも知った『大人』な天使は話が通じるのだ。今回来た者も、それであることを祈る。


高耶の前に浮いたまま、その天使は口を開いた。


《そこな、醜悪な存在から離れよ》

「……」


祈りは通じなかったらしい。それも、高耶を見下ろしたままだ。同じ地に足をつけることもしないのは、話の通じない若い天使の典型的な態度だった。


《これはまた……やんちゃなのが来たものだ……》


目の前の天使には伝わらないよう、調整して伝えられたクティの言葉に、高耶は小さく頷いていた。


上級悪魔とそれより下の悪魔では、家畜と人以上の隔たりがある。それさえも理解せず、悪魔と一括りにするのは、愚かなことだ。下位の悪魔を遠慮なく葬る瑠璃も、上級悪魔には、きちんと礼をもって接する。


《聞こえぬか! 矮小な生き物ごときが、天使である我のっ》

《ちょっと黙ってくれる? それと……いつまで見下ろしているつもりだ?》

《っ!!》



ゴッッッ



重力と威圧を込めて、クティはその天使を地面に叩き落とした。若干、地面にめり込むくらいの力だ。突然だったため、受け身も取れず、天使は顔面から地面に埋もれた。


《まったく、これだから最近の若い者は……》


大仰おおぎょうにため息を吐いて見せるクティに、高耶は、やってしまったかと肩をすくめる。


「若い天使はこういうものでしょう……言ってみたかったんですか?」


若い天使が横柄なのは『最近』にはじまったことではないだろうと、一応指摘しておく。


《おや。バレたか。そう。言ってみたかっただけだよ。最近の流行語でしょ?》

「……言いたくなる時は多々ありますけどね……それで……いつまで押さえつけているんです?」

《はっはっはっ》


笑って誤魔化す気満々なのはわかった。クティは、重力を弱めていないのだ。天使は顔さえ上げられなくなっている。


《上位の話の分かる者が出てくるまでは、このままにしよう。どのみち、こちらもだが、下位の者は邪魔になる。アレを解放するには……な》


クティが目を向けるのは、結界内にある金と銀の鎧。後は兜だけの状態まで組み上がっているそれらは、天使が出てきた辺りから、カタカタと震えていた。


「……やはり、ただ祓うだけではいけませんか」


組み立てられていく間に、高耶は気付いていた。これは、人では昇華しきれないほどの怨念が染み付いてしまっているのだと。


《祓うことはできぬよ。やるとすれば、討つことだろう。どうやら、アレを生み出した者は、悪魔も天使も同等に肯定していたようだ。だから、最期の念もよく馴染んだ……》


クティは、あの鎧から過去を読み取っているようだ。玻璃のように触れなくても読み取れるのは、上級の中でも上位に位置しているから。


《あれはもう、アレらの願いであり、目的になっているのだろう。『天使のみを肯定する者に絶望を。悪魔を否定する者に悲劇を』だそうだ。これに、何者かの手が加わり、導き出された答えが『天使の門を閉し、悪魔の門を解放する』というものらしい》


鬼渡の介入があったことで、結果的には、猶予が出来たのかもしれない。もっと酷い絶望と悲劇が導き出された可能性は高い。とはいえ、このままで良いはずはない。


《止められねば、単に天使が喚び出せず、悪魔が人界に放出されるだではなく、次元そのものが歪むだろう。どちらも、完全に閉ざしていいものではないからな》

「はい……」


それらも含めて、この世界はバランスを取り、存在しているのだから。


そして、再び天使の現れた門から、光が飛び出してきた。


《ふむ……今度は話ができそうだ》


満足げにクティは呟いた。


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