第230話 指差さない

レスターはさすがというか、少し距離を取ってはいたが、顔を青ざめさせるくらいで済んでいた。統二が勇一と共に下がるように動いたようだ。レスターの背に手を添えているのが確認できる。


橘の者たちは、目を合わせないようになのか、膝を突いて神へと頭を下げていた。彼らの近くに居た連盟の者たちも倒れる前にと膝を突き、同じように首を垂れているようだ。ただ、数人は微動だにしないので、そのまま気を失っているのかもしれない。


はっきりと被害が出たのが分かるのは、祓魔師エクソシスト達だ。こちらも立っている者は居らず、年配の者以外は泡を吹いてひっくり返っていた。


なんとか気絶せずにいる年配の者達もかなり動転しているらしい。それでも、足をこちら側に向けるのは失礼だと、倒れた者を、いっそ乱暴に引っ張って体の向きを変えているようだ。中には、起きろと殴る勢いで叩き起こそうとしている者もいた。


「これぞカオスってやつだね」

「……」


蓮次郎は、それを口にせずにはいられなかったようだ。


《あははっ。なにこれ。なにあの子たち。散々、君に突っかかってたのにねえ》

「……見ておられたのですか……」

《うん。どこで出て行こうかなって、見てたんだ》

「そうでしたか……」


一番被害が出るこの時を狙ったとしか思えなかった。


《まあ、これで顔見せは出来たし、お願いも聞いてもらえたからね。ここのが終わったら、また会ってくれる?》

「もちろんです」

「その時には私もご一緒してもよろしいでしょうか」


蓮次郎がそう尋ねれば、神はほんの一瞬置いて、頷いた。


《いいよ。君のことも、結構気に入ってるから》

「っ、ありがとうございます」

《うん。じゃあね》


ふっとその姿が消える。本来の御神体のある場所に戻ったのだろう。


「っ、はあっ……本当に、よく高耶くんは平然としていられるよね……」


先程の様子とは打って変わって、蓮次郎は疲れたと息を吐く。


統二と勇一、レスターも肩で息をしていた。汗を拭っているのは、冷や汗だろうか。


「これは、すぐには動けないね」


蓮次郎は、改めて周りを見回す。


満足に動ける者はいなさそうだ。


「……それだと困りますから、許可もいただきましたし【瑠璃】」

《はい。高耶さん。精神安定をかければよろしい?》

「ああ、頼む」

《お任せください》


瑠璃が彼らの上に光の雨を降らせる。細かく優しい雨だ。それが、濡れることなく彼らの体に染み込んでいく。


すると、数秒としない内に徐々に全員が目を覚ます。空から降り注ぐ光の雨に呆然としながら、上体を起こした。


焦っていた年長者達も、ほっと息を吐いていた。


その光がゆっくりと消えた時。蓮次郎が手を叩いて意識を集中させる。


誰もが自然に、呆然としたまま顔をこちらに向けたのだが、高耶の後ろに、目を伏せて佇む天使の瑠璃を見て、突如覚醒する。かなり驚いたらしく、目を丸くして、パクパクと口を無意味に開閉していた。


それが蓮次郎は面白いのだろう。


「ふははっ。見て高耶くん! すごい阿保面っ」

「指差してはダメですよ。落ち着いてください」

「だって、君をあんなにバカにした目で見てたのにっ。これだよっ? これっ!」


祓魔師エクソシスト達を指を差しながら爆笑する蓮次郎。日本語が分からなくても、バカにされたことは分かっているだろう。だが、誰一人として、口答えする者はいなかった。


まだ状況を正しく理解していないのは、見れば分かる。仕方ないとため息をついて、高耶は蓮次郎へ告げた。


「早く始めましょう。お待たせすることになりますから」


誰をというのは、蓮次郎もすぐに察したらしい。表情を改め、手を叩いた。


「確かに。じゃあ、始めるよー。はい。高耶くん訳して」


言われて通訳として仕事をしていた者を確認すると、呆然としていた。ため息混じりで高耶が口を開く。


「『……すぐに始めてください』」

「「「っ、はい……」」」


怯える者、動揺を隠せない者が半数だが、なんとか動き出したのだった。


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