第215話 慰労会です
一気にこの場が神聖な場所になったと感じ、霊穴の前で待機していた蓮次郎たちは周りを見回した。
「ん? どうなったの?」
そこへ、白い輝く羽根がヒラリと落ちて来る。それが空中の蓮次郎達の視線の辺りに留まると、それが瞬いた。そして、声が響く。
《失礼いたします。こちらは、秘伝当主からのご連絡となります。先ほど、土地神の力により、一時的にこの地が聖域となり、全て浄化されました。封印の儀に移っていただいても問題ありません。以上、お伝えいたしました》
一方的に告げ、その羽根は消えた。
「……あの声……高耶君の天使かな……」
こんな連絡の仕方、初めてだよと苦笑し、手を叩く。丁度その時、うち側からも連絡があった。
穴の前で待機していた式が、向こう側に辿り着いた充雪から伝言を受け取ったのだ。
《あちらの問題が解決したとのことです》
白虎の姿の式神が蓮次郎の側に来て告げた。その頭を撫でて頷く。
「それじゃあ、取り掛かろうか」
「「「はい!!」」」
空を見上げ、これならば予定通り日が暮れるまでには終わりそうだとほっと息を吐いた。
そうして、霊穴封じの儀式は完了したのだった。
その日の夜は、今回の件に関わった者たちでの宴会が催された。一般人ではあるが、俊哉や瀬良姉弟も参加している。
「すげえっ。なにこの豪華なメシ!」
「……結婚式場……はじめてです……」
「こ、これ、いいの? わ、私たち、こんなの払えるお金持ってないんだけど……」
俊哉はもう、遠慮なく満喫していた。高耶が良いと言ったので、心配していない。
誠は席についてからも、キョロキョロと煌びやかな会場を見回して緊張気味だ。
智世は、席で小さくなりながら、出てくる豪華な食事にドキドキしていた。それでも、少しずつ手はつけている。
「大丈夫ですよ。ここは、橘家系列の式場なんです。大きな仕事の後は、こうして慰労会兼懇親会を行うんですよ。兄さんはこういうのあまり参加しないから、今回は特に気合い入れてるみたいですけど」
統二は、父親に自慢げに橘主催の慰労会の話を聞いていたこともあり、落ち着いた様子で楽しんでいた。
「わかる~。高耶兄さまは学生だし、遠慮するわよね~。あ、この魚のマリネ美味しい!」
「うん。このソースいいね。兄さんはさあ、若いからって遠慮してるもんね。実力はかなり上なのに」
テーブルにはこの六人と、人化した
《うむ。色合いも大事だな。今度は器も見てみるか……》
彼は真面目な顔で料理の考察をしていた。時に給仕の者を呼び止め、調理法の確認などもしていた。
真剣だ。
「珀豪の兄貴。料理人目指してんの?」
俊哉の問いかけに、珀豪は少し微笑む。
《美咲や樹が、喜んでくれるのでな。最近はこうしたフルコースは、優希がマナーの勉強に使うのだ。美味しそうに、美しく食べてもらえるのは嬉しいものだ》
「優希ちゃん……何を目指してんの?」
《ふふふ。『カッコいいお兄ちゃんを持つ妹として恥ずかしくないように』だそうだ》
「……やべえ、口だけじゃないとか、一年生じゃねえ……」
夢として語るだけならば、いくらでもやるだろう。だが、優希はきちんと本当にやっているのだ。実践して言えるとか、普通じゃないと俊哉は感心しきりだ。
それを聞いていた智世も目を丸くする。
「その優希ちゃんって……あの女の子よね? この前の食事の時もだけど、すごくキレイだったわよ? フルコースでマナーの練習とか……蔦枝くんって、お金持ち? なの? 確かにカードとかも持ってたし、御当主って呼ばれてたけど……」
いまだに智世は、高耶がどういった立場なのか理解できていないようだ。
気楽に答えたのは津だった。
「まあ、兄さんはお金は持ってるんじゃないかな。仕事人間なところあるし。当主として一族の頂点に立ってるのに、偉そうにしないし。無駄遣いも嫌いみたい」
だよねと統二にも確認している。そして伶が続けた。
「それに、兄さまは能力が高いから、独りでなんでもやっちゃうし、そうなると、こういう慰労会もやる必要ないからね。当主としてもお金使わないのよ」
「ちょっと前まで、家族にも仕事の事教えてなかったみたいだから、外で贅沢するってこともなかったしね」
統二が補足する。本当に至って真面目に忙しく高耶は過ごしていたのだ。それも小学、中学の時から。
「……小学生の時、付き合いが悪かったのって……」
これでようやく智世は理解したらしい。俊哉が食べ物に釘付けになりながらも頷く。
「だから言ったろ? 忙しいんだって。高耶だって、遊びたかったと思うぜ? けど、やらないといけない事があの頃からあったんだ。俺らが呑気に遊びまわって、付き合い悪いなーって言ってる時にさ」
「……」
「だいたい、あの年で当主とかどうよ」
俊哉はここで顔を上げて、高耶の居る席へ目を向ける。
「アレ、あの中で平気とか、無理じゃね?」
「……」
会場の一番前。本来、結婚式の披露宴ならば、新郎と新婦が並んで座る大きな横長の机のある場所。そのテーブルを、蓮次郎や主力となった者たちが囲んでいた。
そんな中でも、高耶は小さくなることなく、堂々と混じっている。
「ああして、挨拶に来られても変じゃねえし」
時折、お酒を持ってではないが、大の大人が一人ずつ高耶へ頭を下げにくる。
《主は、こういった場に出ることが少ないからな。この場に居合わせた者たちは、ここぞとばかりに顔合わせをしているのだろう。恩を感じていても、礼を言えずにいた者もいたようだからな》
「そんであんな挨拶参りになってんの? これ、ここに高耶がいたらここに来てたってこと?」
少し嫌そうな顔をしながらも、蓮次郎に引きずられて行った高耶。わざわざここに珀豪を残した理由もあった。
《我をここに置いていったのも、意味があるのだぞ?》
「そうなの?」
これには、統二も気付いていた。
「珀豪さんは、式神の中でも高位ですから、好奇心だけで近付いて来ようとする人は、ここには居ません。実際、その怒りに触れて、式神が一切召喚できなくなった人も居ますからね」
「それ、あの統二の本当の兄ってやつだっけか」
「うん。あそこでソワソワしてる」
チラリと視線で示した先には、勇一が班を組んだ者たちと席を囲み、落ち着きなく食事をしていた。彼は、高耶と珀豪を交互に見て確認している。
「珀豪の兄貴。怒ってんの?」
《気に入らんとは思っているな。だがまあ、少し変わったようだ。人とはまったく、一貫しない忙しない生き物だ》
「良い方に変わったならいいじゃん」
《そうだな。どれ、主に謝罪したら許すとしようか。統二、主の所にアレを連れて行ってやれ。多くの目のあるこの場での謝罪ならば、陰口も減ろう》
秘伝家で問題があったことは、既に多くの者に知られている。本家の直系が、本来の当主に頭を下げるのだ。和解したことが伝わるだろう。
「仕方ないですね」
統二は席を立ち、実の兄の下へと向かった。
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