第216話 反省しているなら

蓮次郎によって、半ば引きずられるように連れてこられた慰労会。


以前は当然のように高耶は断っていた。学生だったこともあるし、何より仕事関係だとしても、両親に教えていなかったため、それを理由に辞退していたのだ。


一人で結界も儀式も出来てしまうこともあり、多人数と仕事をすることもなかったというのもある。


少し前にあったピアニストの別荘での件では、その間の食事などがその代わりになっていた。


珀豪と、今は家に引き取った屋敷精霊のエリーゼが作った食事は、大いに彼らを満足させたようだ。式神や精霊の作った料理など、まず食べる機会はなく、貴重な体験だったと喜んでいた。何よりのおもてなしになったようだ。


そんなわけで、高耶がこういった場所に来るのは大変珍しく、この機会を逃してたまるものかと大人たちは真剣だった。とはいえ、最初の一人目は緊張したようだ。


「し、失礼します! 秘伝の御当主!」

「あ……確か、達喜さんのところの」


その人は、達喜の付き人として数回見たことのある人だった。


「はい! 夢咲ゆめさきかいと申します! 夢咲家当主に代わりご挨拶させていただきます」


達喜が当主を務める一族は夢咲という。夢咲家は、夢で未来を予知したり、見たこともない過去を夢の中で見たりする能力者が多く輩出された一族だ。


しかし、狙った未来や過去を見れるものではない。それでも役に立つからと、夢を見ることを強要したせいで、虚弱になる者が多かったらしい。能力を生かすためとはいえ、命を縮めては意味がない。それに危機を感じた一族は、同時に体を鍛えることにした。


お陰で今や夢咲一族は、当主である達喜をはじめ、脳筋と呼ばれてもおかしくない者が大半だった。陰陽師としての能力は元々あるところだ。健康になったことで、多少こちらの力は増しているらしく、良いことではあると否定はしていない。


「当主が今回参加できなかったことを残念がっておられましたっ」


それはそうだろうと、同じテーブルに着いた者たちが頷く。中でも蓮次郎は愉快そうに笑った。


「高耶くんと仕事が出来るなんて機会、そうそうないものねえ。相当悔しがったと思うよ~」


相変わらず意地悪な人だ。快は普段から達喜の側で蓮次郎とも関わってきたからだろう。いつものことだと、これには苛立つこともなくため息を吐いていた。


高耶は苦笑しながら、今一度今回の参加者達を見回して口を開く。


「夢咲家の方々も、今回は多く参加いただいたようで」

「っ、お気付きでしたか。はい! 貴重な体験もでき、参加できましたこと、この場の一族を代表し、御礼申し上げます。また機会がありましたら、お声がけいただければ幸いです」

「こちらこそ。ありがとうございました」


感激に目を潤ませながら、深く礼をして彼は戻っていった。


そこから、多少の間を置きながらではあるが、ひっきりなしに様々な者たちが挨拶にきた。


清掃部隊の上役達や、神楽部隊のこの場の代表は当然のこと。行脚師あんぎゃし御衛ごえい部隊の代表としても、きちんと顔見せに蓮次郎ではなく、真っ先に高耶へ挨拶にきたのだ。


蓮次郎はこれに不機嫌になることもなく、当然のことと受け止めているのが少し不思議だった。


それらが落ち着いて、しばらくした頃。勇一が統二に連れられてやって来た。


その様子は、勇一と統二の昔のものとは正反対のように思えて、高耶は少し笑いそうになった。


自分こそ秘伝の当主になる者。本家直系の男子という驕りに満ちていた勇一は、今や不安そうに、弟の後をついてきていた。


その実弟である統二は、かつては偉そうにする父親と兄の勇一に隠れるのが当たり前だった。けれど、今は堂々と真っ直ぐに顔を上げて迷いなく向かってくる。


「高耶兄さん、少しだけ良いですか?」

「ああ。統二、あいつらを任せて悪かったな。ちゃんと食べてるか?」

「うん。俊哉さんは話し上手だし、珀豪さんも居るから」

「ならいいんだが……」


そこで高耶は落ち着きなさげにする勇一を視線で示す。なぜ連れてきたのかと問うようにすれば、統二は笑った。


「挨拶したそうだったから、連れてきた」


斜めに体をずらし、統二が勇一に先を促した。それを受けて、勇一は覚悟が決まったというように頭を深く下げた。


「っ、こ、これまでのこと……っ、申し訳ありませんでした!」

「……」


高耶は目を丸くする。


反省はしているように思えたが、ここまでしっかり頭を下げるとは、はっきりいって思っていなかったのだ。以前の印象が高耶には強すぎた。


言葉を返せずに驚いていると、統二が勇一の方へ不機嫌そうに小声で注意した。


「ちょっと。さっきまで練習してたんじゃないの? なんでそれだけになるの」


統二が強気だ。


「え、あ……そ、その……っ……」


この時、蓮次郎が笑っているのが聞こえてきた。


「くくくっ、ふふふふふっ」

「ち、父上、わ、笑ったら悪いですよっ……っ」


そう注意する蒼翔も、間違いなく笑っていた。


「だ、だって、あそこ見てよっ。まるで、子どもだけで挨拶に向かわせて、出来るかな、大丈夫かなってソワソワする親みたいになってるよっ」


言われてあそこと目線で示された先を見ると、そこは勇一が居た班のテーブルだった。今や、やらかしたかと頭を抱えていた。


それを見て、高耶は変わったなと改めて勇一を再認識した。きちんと謝ってくれたなら良い。


「分かってくれたなら良い」


そう言ったが、複雑な気持ちもある。その理由に気付いたらしい勇一は恐る恐る顔を上げる。肩は落としたまま、それを口にした。


「本家は……あなたに許されないことをしてきた……罠にはめたり……あなたの父を死なせたのは本家だ……」

「……」

「っ……え……」


高耶は静かにその告白を受け止め、統二は知らなかったらしく、呆然としていた。


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