第170話 情緒不安定な妹さん

優希は昨晩からずっと不機嫌だった。


《ユウキ……》


手の施しようがないと珀豪は昼ごろからもう諦めモードだ。いつもならば半日もしないで優希は自分の中で折り合いをつける。それが出来ないほどショックで、不安定になっていた。


理由は簡単。高耶が数日帰ってこないためだ。高耶が聞けば、きっとすぐにでも都合をつけて戻ってきただろう。


それは昨日のことだ。


昨晩遅く、綺翔が伝言を持って現れた。


《主から伝言……『数日帰れない。厄介事のため、珀豪達もいつでも喚び出されてもいいように頼む』……以上》


珍しく喋った綺翔。とっても満足気にふうと息を吐いて腕で額を拭っていた。そして、戻ると行って消えたのだ。


珀豪や天柳も呆然とした。高耶が厄介事と言うほどのこと。それは相当だ。


《鬼でも出たか……》

《それだけでは数日とは言わないわよ……》

《向こうに居るのは……黒か。なら、常盤に聞くか》

《そうね。聞いて来……優希ちゃん?》


そこで気付いた。ポロポロと涙を零す優希が後ろに居たことに。最近いつも抱いて寝ているウサギのぬいぐるみを抱きしめていた。


《ユウキ? 怖い夢でも見たか?》

「ふぅっ……お、お兄ちゃんっ……かえってこないの……っ」

《あ、ああ……難しい仕事のようだ》

《ほら、一緒にお部屋に行くわ。寝ましょう》

「っ、いやっ、イヤぁぁぁっ、お兄ちゃぁぁんっっ」

《ユウキっ》


大泣きした。びっくりして美咲と樹が起きてきて、しゃっくり上げながら泣き疲れて眠るまで大人四人(?)はオロオロした。


優希の部屋に連れて行ってベッドに寝かせると、部屋の入り口辺りで全員でへたり込んだ。


「はあ……優希がこんなに泣くなんて……」

「高耶ったら、こんなに好かれてるなんて知らなかったわ……」

《さすがに驚いたぞ……》

《どうしちゃったのかしら……》


咄嗟に珀豪が風の結界で外に聞こえないようにしたから良かったが、夜中に大泣きされるいうのは非常に心臓に悪かった。


そこに清晶と共に、果泉を背中にくっ付けた常盤がやって来た。彼らは瑶迦の所に居たのだ。


《何してんの? 優希が大変って聞いたんだけど》


清晶の言葉に、珀豪達は顔を上げてから、ため息をついた。瑶迦がこちらの異変を感じたようだ。


《めちゃくちゃ疲れてんじゃん……》

《まあな……あれほど泣くのは、はじめて見た》

《え? なに? 夜泣き?》

《主様が恋しいと泣いたのよ》

《……へえ……》


ちょっと想像できないと首を傾げる清晶。そこで、果泉が常盤から飛び降りると、そっと優希の様子をドアの所から覗き込んだ。


《ん~、イヤなヨカンがするとかかも》


優希を見つめながらそう果泉が呟く。


《どういうことだ?》


珀豪が尋ねれば、果泉は振り向いて説明した。手を後ろに組んでゆらゆら揺れる様はとっても可愛らしくて癒される。これは必要な癒しだ。


《なんかね~。おねえちゃん、ミコさまのソシツがあるんだって》

《……それは、予知ができるとか、そういうことか?》

《うん。ジュジュちゃんがいってた。そのうち『予知夢』とか見えるようになるよ~って。だから、お兄ちゃんがちかくにいないと、ふあんになったり、えっと……じょちょ……『情緒不安定』になったりするんだって》

《……ジュジュ?》

「……予知夢……」


楽しそうに、面白そうに喋る果泉にも大混乱だ。可愛いくて癒される中での重大発言に戸惑うしかない。


「えっと、とりあえず、ジュジュってのは誰かな?」

《ジュ……【寿園】っておなまえっ》

《っ、なるほど……寿園殿か……瑶姫の屋敷精霊だ》


瑶迦の屋敷にいる座敷童達の親玉だった。


《寿園が言ったなら間違いないでしょうね……はあ……そういえば、優希ちゃんに何か憑いてるって主様言ってたわね……》

「憑いてる!? それっ、大丈夫なの!?」

「樹さん。静かに」

「はい……」


衝撃の事実があり過ぎて樹も美咲も眠れそうにない。


《だいじょうぶだよ? まだでてこれるほどカイフクしてないし》

《……》

「……」


珀豪達は、果泉が何を知っていて、何を言いたいのかが分からない。果泉の前に常盤が膝をつく。目線を合わせた。


《果泉。説明できるか》

《できるよ~♪》


果泉は嬉しそうに常盤の膝の上に座って皆の方を向いた。兄と妹にしか見えない。果泉はプラプラと足を揺らして話し出した。


《あのね~。おねえちゃんが、あぶなかったときに、たすけたせいで、チカラがもどってないの~。なんびゃく? なんぜん? ねんぶりの『獣神』さまがきにいったの~。むか~しの、たすけてもらったおんがえしなんだよ♪》

《それは優希がか?》

《ううん。『血筋』だって》

《先祖が助けて、それを恩に思い、今代の優希が気に入られたということだな》

《そうなの!》


常盤が珍しく喋った。それも通訳的な役目をしたのに珀豪達は驚く。優希の血筋云々よりも重要だ。なので、問題の解決は諦めた。頭が回らない。


《これは……主に報告だな……》

《今回の件が終わってからにしましょう》

《厄介事?》

《そうだ。常盤。黒からの情報をくれ》

《承知した》


ようやく平常心を取り戻した珀豪達。だが、優希の様子は朝から低下する一方だった。


不安で眠れない優希の様子にお手上げとなった珀豪達が、夜中に高耶に報告しようと決めたのも仕方がないだろう。


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