第169話 まずいのは同意します

じんが居るのはまあ予想していた。だが、電話をくれた達喜たつきが居ることと、焔泉えんせんが居るとはまず考えていなかった。


「なんで……」


どうしてここにと尋ねる間に、達喜も焔泉も扉を潜り、こちら側へ出てくる。そんな二人に、エリーゼがスリッパまで用意していた。


「ほぉ、ようできた式や。ん? 屋敷精霊か?」

「マジ? 俺、屋敷憑き初めて見るわ。ってか、主人が居るのか?」


屋敷精霊、屋敷憑きと呼ばれるのは、家守りの最高位。こうして人と変わらない様子で姿を見せることが可能で、大きな屋敷のメイドや女中じょちゅうとして働ける。


一般的には、主人以外の記憶にはあまり残らないという不思議な存在だ。


焔泉達が注目する中、エリーゼは最後に出てきた迅にもスリッパを用意して、美しく一礼していた。静かに控える様子は、先ほどとは全く違う。


「本当に高耶くんって凄いよね……家守りを仮契約で屋敷精霊にまでしてしまうんだから……」

「「仮契約!?」」

「え、ええ……」


達喜と焔泉に詰め寄られ、高耶は仰反のけぞる。


「奥に居るものに負けてもらっては困るので、仮で契約したんです。それで、力を分けられるので……」

「……分からんでもないが……普通、うちのもんでも、そう簡単には無理やで?」

「安倍家でも無理とか……お前はどんだけやらかしてんだよ」

「すいません……」


高耶の基準はいつだって自分だ。出来るか出来ないか。それだけ。なので、こういうことも多々起こる。


焔泉は気を取り直し、いつもの扇で口元を隠すと、コロコロと笑う。


「ええよ、ええよ。高坊はそれで問題あらへん。そんで……ちょい見してもらおか」

「だな。高耶が応援を呼ぶほどだ。相当厄介なことだろうしな」


普段通りの呑気な様子から一変、二人は真剣な表情で奥へ向かった。だが、一番奥までは行かない。結界が張られているとはいえ、すぐに感じるのだ。


「……これはあかんな」

「これが鬼か……ヤバイな」


戻ってきた二人は、ソファに深く身を沈めた。顔色が悪い。力を持っているからこそ、アレの危険度がよく分かる。


《どうぞ。熱い緑茶にいたしました。御茶菓子をご用意できず申し訳ございません》

「ああ、ええよ。すまんのぉ」

「おう。助かる」


軽く当てられた感じのある二人へ、エリーゼは熱めのお茶を出した。というか、高耶も知らないうちにエリーゼはお茶を用意していた。別人かと思える動きだ。


「……エリーゼ……いや、あっちの棚に茶菓子を出すから」

《っ、はい》


どうですかというように得意げに向けられた目を見て、エリーゼが完璧なメイドを演じようとしているのがわかった。


なので、野暮やぼなことは言いっこなしだ。戸棚を繋いで茶菓子を用意する。今日の和菓子は葛餅くずもちだった。


《こちらをどうぞお召し上がりください》

「美味しそうやね」

「ほっとするわ~。落ち着く……」

《そちらの方もどうぞ》

「あ、ありがとうございます! いやあ、メイドさん可愛いなあ」


迅はずっとデレっとした表情でエリーゼを見ていた。メイドさんが気に入ったようだ。嬉しそうにお茶とお菓子を受け取っていた。


迅と源龍は焔泉達とは別の机に付き、落ち着いたようだ。


高耶は焔泉に手招かれ、二人の前に座った。


《どうぞ、ご主人様》

「ああ……」


ちょっと調子が狂う。


「ふぅ……ようやっと心臓の音が落ち着いてきたわ。アレはあかんで。ここに坊が来いひんかったら危なかったえ?」

「そう……ですね。間に合って良かったです」


今日この日に来なければきっとあの鬼と融合した家守りはこの世に放たれていただろう。


「……なんでうちが来たか不思議に思おたやろ」

「はい……」

「ここにな、芦屋の分家があったんよ……」


安倍家の当主の口から芦屋と聞けばわかる。安倍晴明と因縁ある者のこと。


「あの血族の中には、同じような思想の持ち主がおってなあ。注視はしとった。けど……さすがに血も薄うなっとるでな。ここ数代で、監視もせんようになった」

「一族に力がほとんど継がれていなかったからな。その証拠に、一度も連盟にあの家の関係者が登録することはなかった」


連盟には、血族を検索する術がある。これに、芦屋の名は一度も出てこなかったらしい。異能者の噂があれば、調査する部署もあるが、そちらでも引っかかることはなかったという。


「油断しとったわ……こんなもんを隠し持っとるとはな……」

「ですが、家守りです。呪文は……確かに怪しいですが……」

「それやわ。もしかしたら、その呪文……霊穴を開けるものかもしれん。禁呪指定しとるやつや。霊紙を持ってきた。写してもらえるか?」

「分かりました」

「あ、それ、私がやるよ」


源龍が今日は何もやってないからとそれを引き受けてくれた。力を持った者が普通の紙に書くだけで効果が発現されてしまう恐れがあるため、霊紙という特別な紙が必要だった。しばらくすると、タイミング良くそれが聞こえ始める。


「アレか……やはり可能性がありそうや」

「そうですか……」

「どうするよ。先に霊穴を閉じるか? まあ、大きさによっちゃ、相当大きな儀式になるが……」


霊穴を閉じる儀式は、その穴の大きさによって一日から七日まで規模も時間も変わる。


「どうだ? じいさん。大きさは?」


高耶は呼びかけるように上を向く。霊穴を見て戻ってきた充雪に声を掛けたのだ。


充雪は空中で腕を組み、胡座あぐらをかいた状態で告げた。


《ありゃあ、七日でも閉じるか微妙だぞ。奇跡的にあの辺の樹精や精霊がそれぞれの身を守るための結界を張っていてな。それが上手いこと蓋をしている。場所も結構な深さの洞窟の奥だからな。運が良かった》


大きさがあるにも関わらず、外への影響が少ないのはそのお陰らしい。


「戻って早急に対策を考えるわ。扉はそのままで頼むえ」

「高耶はこのままここに残ってくれ。結界が破られんとも限らん」

「分かりました」


慌しく焔泉達が戻っていく。だが、迅と源龍は留まるらしい。


「いいんですか?」

「使ってよっ。伝言とかに走り回るのもいいよー。メイドさんも居るし!」

「君一人残すのはね……不安だからね」

「ありがとうございます」


こうして、爆弾を隣にして眠るような、そんな不安な滞在が始まった。


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