第165話 話し合いは基本です

この別荘は、常にきちんと人の住める状態になっているため、お茶を淹れるのにも問題がないという。


「父も、一人になりたい時に来ていたみたいでね。亡くなってからも、管理はしていたんだ」

「修さんはこちらを使われてはいなかったんですか?」


高耶が修の父母である賢や月子のことを名前で呼んでいたこともあり、修と呼ぶことになった。修はそれに満足気に目を細めながら、質問に答える。


「やっぱり、父とその友人との大切な場所だからね。気が引けるというのかな……遠慮してしまってね」


月子も来たことがなかったらしい。本当に賢とその友人のためのものだったのだ。


「けど、やっぱり人が住まないと、建物は傷むし、維持費もかかるからね。それならば、思い切って改装して、母も来られるようにしようと今回考えたんだよ。母も年だしね」


こうした静かな場所でゆっくりしてもらいたいと考えたようだ。そのために、バリアフリーも取り入れた改装をということらしい。


「ここは景色もいいですしね」

「そう。私もそろそろ引退を考えていたから、ここでのんびりするのもいいかなと」


ピアノも誰にも邪魔されず、文句も言われずに存分に弾ける環境だ。


「ところで、あのエリーゼ? は一体何だったのかな?」


霊が居るというのと同じくらい、この家に住もうとするのならば、問題がないだろうかと気になったのだろう。当然だ。


「アレは一応、この家の『家守り』です。昔で言うなら座敷わらしと言った方がわかりやすいでしょうか」

「え? なら、良い子なのかな」

「あ~、イメージがあるかもしれませんけど、アレにも個性とか感情があって、気に入った屋敷の主人には益をもたらしますが、キツイ子だと関係者以外は絶対に家に入れなかったりします」


その主人が亡くなって、その次の屋敷の主人は気に入らないということもある。家に憑くが、主人ありきのものは多い。


「……なら、あの子は……?」

「そうですねえ……確認しますけれど、賢さんのご友人のお名前は?」

「ああ、言っていなかったね。出間いずま咲滋さくじ。ヴァイオリニストだよ」

「サクジさん……なら、そうか」


高耶は恐らくと続ける。


「先程、アレは誰かのことを『さっちん』と言っていました。その咲滋さんだった可能性が高いです。力は強いようですが、家守りになったのはまだ最近でしょうから」

「高耶くん。そんなこともわかるのかい?」


源龍が目を丸くしていた。


「ええ。まあ……この家をアレがどれだけ掌握しているかというのが基準になるんですけど」


高耶は天井など部屋を見回す。


「綺翔を見て慌てて窓を閉めてましたよね?」

「そうだね」


確信して顔を前に戻す。


「きちんと家を掌握できてる三百年ものだと綺翔が家の側に来た時点で締め切るんです。特に自分よりも強い精霊とかが入ってくるの嫌いますから」


中に入られてしまったら抵抗できないという力の差がある場合は、きっちり締め切るのだ。それは、外まで目が行き届いている証拠。


「アレは精々、いってても百年ですね。五百年以上になると、俺も締め出されます」

「あ、式の関係?」

「はい……玄関先で話し合いから入るんです。それでもダメだとちょっと強引に珀豪たちで取り囲んで威圧することになるんですけど……」

「高耶くん……ほんとになんていうか……慣れてるね」

「数こなしましたからね……」


術者の中でもそうそう出会うことはない。仕事として依頼があっても一生に一度あるかないかだ。それを、パターンを決められるほどの数をこなした高耶。特殊すぎる。


「闇の子は精霊としては大器晩成型って言うんでしょうか……なので、若いとまだ人に影響を与えるくらいにはならないんです」

「あ~、普通に私たち、ここに居るものねえ。なるほど」


高耶の目の前をチョロチョロしていたが、陽達には違和感を感じさせることもなかった。それだけ、まだ力が弱く若い証だ。


「まあ、アレは黒艶に任せておけば話しも通じるようになるでしょう。なので、先に仕事の話です」

「あ、うん」


修は色々と頭で状況を整理していたらしく、そういえばと切り替える。


「過去を見たのですけれど、もしも楽譜が見つからなかった場合は、そちらから読み取ることもできそうです。少し時間がかかりますが」

「っ、本当かい!?」

「はい。手書きで読み辛いので書き出すのにちょっと時間がかかりそうです。音も聞こえるので、聞き取りでもなんとかなるでしょう。ただ、それはやっぱり最終手段にしたいので、楽譜の捜索に移ります」

「そ、そう……うん。それが目的だからね」


聞き取れるならそれでもと修は思ったらしいが、やはり楽譜があるのならそれが良い。高耶のことを信用しないわけではないが、高耶にしか聞こえないし見えない物をというのはどうかと思ったのだろう。


「それで、この家の中をとにかく見て回ります。源龍さんは、黒艶が戻ってきたらアレに聞いてみてもらえますか?」

「いいよ」

「では、俺はまず一階から回っていきます」


お茶をしてから早速高耶は過去視をしながら怪しい場所を確認して回った。


その結果。


「地下室と屋根裏部屋がありますね……怪しいのは地下室ですか」

「黒艶さんに聞いてもらったけど、地下室の一つに書庫があるみたいだよ」

「そこが一番でしょうか。楽譜を保管するなら陽の当たらない地下を選ぶでしょうね」


日焼けしないように、大事な楽譜は地下にしまっていただろうと予想する。


家主は、ウロウロと家の中を歩き回って思考する癖があったようで、屋根裏部屋にも地下にも楽譜や色々なものを持って入るのが視えた。家の中では明かりも取れず、それほど鮮明に映像が見えるわけでもないので、持っていたものがその楽譜がどうかの判断がつかなかった。


「では、そちらに向かいましょう」


そうして向かった先。そこは壁だった。


「仕掛け扉とかなのかい?」


陽が楽しそうに目を輝かせていた。


「それっぽいですけど……もう一体いるとか普通じゃない……」

「ん? どういうことだい? 高耶くん。確かに違和感があるけど……」


源龍も変な感じはするがそれがなぜなのか。なんの影響なのかが分からないようだ。


高耶は黒艶に相変わらず掴まれた状態でいるエリーゼを見る。


「ここから先、お前のテリトリーじゃないな?」

《っ、な、なんの話か分からんなあ……》

「……このままお前もここに入って、大丈夫だと思うか?」

《っ、ま、待ってぇやっ、ウチも入るん!? ちょっ、堪忍してぇなっ。死にたないわっ》


途端に焦り出すエリーゼ。わかりやすい。この先に居るのは間違いなく三百年もの以上の家守りだ。受け入れられなければ、まだ若いエリーゼでは弾き飛ばされ、衝撃によって消えることもあるだろう。


ジタバタと暴れるエリーゼを捕らえる手を一切緩めることなく、黒艶は珍しいものを見たというようにニヤリと笑う。


《ほお。これはまた面白いことに……その壁から向こうは別の家か》

「確かに、隠し部屋でもあるんじゃないかってくらいの変な空間がありそうだったが、別の家ってのは考えてなかったな……」

《どうやら、前にあった家の一部を残して建て替えたようだな。そこにうまい具合に家守りが閉じ込められたか……家の大半を壊されても消えぬとは……軽く奇跡だな》

「軽くって……まあ、確かに」


家守りは、家と同化していくため、家守りの意思とは関係なくその家を壊されれば、そのまま消滅する。家から離れる意思があれば問題ないのだが、それを持たせるのはとても難しい。その難しいことを高耶は何度もやってきた。だからこそ、憑いた家に対する想いもわかっているつもりだ。


「ちょっと交渉する時間をください」


修に断りを入れ、高耶は壁に手をついた。


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