第166話 こっちの依頼は大丈夫

高耶は壁の向こう側に意識を向ける。すると、気付いた家守りが近付いてきたようだ。


《……何用や?》

「っ?」


エリーゼと同じような訛りを感じて、とっさに高耶は答えられなかった。気を取り直して心の中で告げる。


(手書きの楽譜を探しております)

《……さよか》

(捜索にご協力願えないでしょうか)


ここで中に入れてくれと頼むのは良くない。高耶は慎重に言葉を選んだ。


《わっちに何の得があるん?》

(そうですね……)


かなり警戒しているのが感じられた。恐らく、綺翔や黒艶の気配もずっと感じていたのだろう。何百年と生きてきた家守りであっても、高耶と契約している式達には勝つことができないのだから。


(しばらくすると、家の改装工事が始まります。私ならば口添えすることが可能ですが、いかがですか?)

《……》


改装をすることで、この隠されてしまった場所をも壊してしまうかもしれない。昔と違い、リフォームも柱だけの状態にしてから行うことが増えているのだ。そうなれば、家守りが留まっていられる可能性はかなり低くなる。


(現代では家の改築に柱以外を全て取り払う方法が使われます……耐えられますか?)


家守りが本当に力を付け、家の主人との関係も強い場合。大黒柱さえ無事ならば憑いていられると聞いたことがある。だが、それが現代では難しい。


(家主との関係を持たない状態では、あなたは……っ)


その時、威圧を感じた。怒ったのだ。


《家主はおる! ここに! わっちと共に居る!》

「……まさか……」


高耶はふと感じたもう一つの気配に目を見開いた。


「っ、高耶君……今、すごい力を……」


源龍だけでなく、様子を見るのについてきていた陽達まで顔色を失くしていた。何歩か下がったようだ。


「あ、すみません。少々怒らせたようです」

「大丈夫なのかい?」

「ええ……」


高耶は立ち上がって息を整える。


「少し過去視をします」


その言葉で、源龍達は静かに口を閉じた。


「……これは……っ」


視たのは今の家になる随分前の過去。目の前の壁の向こうはまだ廊下が続いていた。その奥は主人の部屋なのだろう。


「……墓にしたのか……」


何かの役割を持つ一族だったのだろう。その最後の当主が亡くなった後、神のようにまつられ、ここをやしろとして手をつけることを禁じたようだ。


「……修さん。少し時間をいただけますか?」

「え? あ、もちろん。今日中に無理かなとは思っていたからね」

「いえ、依頼の楽譜はこちらではなく、こっちの壁に……」


この場所で改めて過去視をしたことで、楽譜がこの奥ではなく手前の地下にあることが分かった。


高耶は小さな絵画の飾られていた右手の壁に手を突く。絵画を少し持ち上げると、壁が動いた。


「あ、隠し扉っ」

「そんなところに……」

「すごいっ」


陽は本当に隠し扉があったと驚き、修は呆然とする。仁は目を輝かせていた。


それらの反応に苦笑しながら高耶が足を踏み出そうとした時。黒艶が待ったをかけた。


《奥の影響が出ておる。主は入らぬ方がいい。生身の体では不調を来す。浄化は奥のものが片付いてからの方が良かろう。我が取ってきてやる》

「そうか……わかった。頼む」

《うむっ。任せるといい!》


黒艶は嬉しそうに中へ入っていく。その手にはエリーゼを掴んだままだ。


《え、ウチも!? ちょっ、いつ離してくれるん!?》

《さあな》

《ひぃぃぃ》

「……」


あれは面白がっているなと黒艶の背中を見送った。


楽譜はあっさり見つかった。高耶が確認して間違いないと頷く。その間に黒艶が扉を閉じた。封印も施したようだ。


「これです」

「あ、か、確認させてもらうよ」


修は最初の数小節だけのものをポケットに持っていたらしく、それと見比べた。


「ま、間違いないよ……ありがとうっ。本当にありがとうっ」

「いえ。ただ、あと数小節が書かれていません。リビングに戻ってその部分がないか過去視で確認しましょう」

「お願いするよっ」


とりあえずピアノのあった部屋に戻っていく。


「奥のはいいのかい?」


陽に尋ねられ、高耶は表情を曇らせる。


「この場所にあった一族の記録を照会してもらう必要があります。手をつけるのはその後です。ただ、社というか、当主の墓のようなものになっているようなので……人を何人か呼ぶと思います。修さん。いいでしょうか」


改めて修へ尋ねる。


「……このまま工事をはじめたら良くないとか?」


修は、エリーゼを見てから確認した。


「ええ。恐らく事故も起きるでしょう。奥にいる家守りは力が変質化しているようです。呪われることも……ないとは言えません」

「っ……頼んでもいいのかな」

「はい。依頼料とかも気にしなくていいですよ。こちらの業界の不始末になりますから」

「……お願いします」


約束は取り付けた。


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