第152話 紹介しました

幼女を抱きかかえて夕食前に家族や美奈深達の集まるホテルへ辿り着いた高耶。当たり前だが、誰もが驚いた表情で目を見開いていた。


「た、高耶君? ちょっ、どこっ、誰との子!?」


いつきが動揺しまくっていた。


「お兄ちゃん! 子どもはひろってきちゃダメなんだよ!」


優希も混乱しているのだろう。犬猫を拾ってきた時と同じ反応だ。


「なに、その子! 可愛い!!」


母、美咲はメロメロだった。既に抱っこさせろと手を出してきている。


「……この子は果泉。樹精の式神だ。新しく契約したんだよ」


それを聞いて、一拍ピタリと動きを止めた後、樹は肩の力を抜いた。


「そ、そう……あ、統二君の籐輝とうきちゃんと同じ?」

「そうです」

「よかったあ……」

「一体、何の心配を……?」


樹がそうして胸を撫で下ろすのを見て、微妙な表情になった。


《ぬしさま、おりる》

「ああ」


果泉を降ろすと、彼女はてててと駆け足気味に歩き、樹の前に立つ。挨拶する順番を知っているかのようだ。


《あたし、果泉。よろしくおねがいします!》

「っ、う、うん。よろしくね。樹です。高耶君のお父さんです!」

《はい! あの、よろしくお願いします》


次に果泉は美咲の方を向いて頭を下げた。


「美咲よ! 果泉ちゃん! よろしくね! ママって呼んでもいいわ!」

《えっと……ミサキまま?》

「いやんっ。可愛い!」


美咲は思わず果泉を抱きしめていた。そんな様子を見ていた優希が高耶を見上げる。


「お兄ちゃん。あの子、ゆうきのいもうとにしていい?」

「え? あ~……」


果泉の方を見ると、嬉しそうにうんうんと頷いたので許可することにする。


「良いってさ……仲良くしてやってくれ」

「まかせて! カセンちゃん、えっと、センちゃんねっ。ゆうきおねえちゃんだよ!」

《はい! おねえちゃん》


素直な良い子だ。


果泉のことは任せられそうなので、高耶は軽く食事をすると、エルタークのバイトに出かけたのだった。


◆ ◆ ◆


その日。稲船陽は、エルタークに二人の男性を連れてやって来た。一人は旧友で、もう一人はその知人だ。


「いやあ、嬉しいよ。この店は完全会員制だろう? それもただの紹介では会員になれないっていうし、気になっていても簡単には入れないからさあ」

「まあ、俺も親父から引き継いだって訳じゃないからな。けど、海外ばっかに行ってるお前がここを知ってるとは思わんかった」

「俺の情報網を甘く見るなよ?」


そう言ってウィンクしながら快活に笑った悪友とさえ呼べる仲の友人につられるように、陽も笑う。


このエルタークでは、同伴として何度も来店し、店員による厳しい審査を通り、更にマスターによる最終審査に通った者にしか会員証が発行されないのだ。


そのため、親が会員だったのだから子も、というわけではない。審査の内容は人間性を重視しており、問題のある子どもは、そもそも同伴させない人達が選ばれていた。


「それにしてもすごい。雰囲気だけで良い店だって分かるよ。霧矢きりやさんはどうです?」


声を掛けたのは、陽に同伴を頼んだ知人。年齢は六十半ば。陽達よりも少しばかり年上だ。品の良い彼は、店の雰囲気を感じながら、物珍しげにゆっくりと見回し、ピアノに目を留めていた。


「印象はとても良いよ。ただ、この雰囲気に合うピアノが弾けるかどうかが重要だな」

「現役のピアニストに評価されるのは、酷じゃないですかねえ」

「そうかい?」


目元を和らげてグラスを傾ける現役のピアニスト霧矢しゅうに、困惑する友人。だが、陽は自信満々に答えた。


「今夜のピアニストは、他とは違いますから安心してください」

「おススメだって言ってたな。陽がピアノが好きだとか知らんかったぞ」

「いや、俺は彼のピアノが好きなだけだよ。あ、申し訳ない。コンサートとかもあまり行かないもので」


霧矢に失礼だったかと補足する。だが、霧矢は気にしていなかった。


「いやいや。食べ物に好みがあるように、ピアニストによってピアノの良し悪しはその人それぞれだから。だが、興味は湧きました」

「おや」

「ただ一人のピアノがというのがね」


楽しげに、その目はピアノに注がれた。


少し沈黙すれば、周りの声が聞こえてくる。


「今日はマジで速攻で終わらせたよ。間に合わなかったら一週間を鬱々と過ごす所だった……」

「来れんかった時、やる気失くすもんな~」


若い実業家の集まりだろう。そのテーブルでは、肩を叩き合っていた。


「これで明後日の商談は勝ったも同然!」

「まだ始まってないですって。落ち着いてください社長……」

「バカヤロウ! 来られただけで運が向いて来てる証拠なんだ!」


少しばかりハイになっている壮年に差し掛かろうとする男と、それを宥める秘書の男。そんな二人を、隣のテーブルから見守る男達は『そういや、あの人ひと月くらい来てなかったな~』と苦笑していた。


「禁断症状出るわよね~」

「あ、ねえねえ。なんか来月と再来月は回数増やしてくれるって聞いたわよ」

「本当!? 今から前倒しで仕事する癖つけるわ!」

「後二週間もないわよ?」


女性達がきゃっきゃと騒いでいた。


そして、ふっと店の照明が少しだけ暗くなったような気がして霧矢は背筋を伸ばした。


「いよいよですよ。ほら、あれがこの店のナンバーワンピアニスト、高耶君です」

「彼が……」


そうして、しばらくして響いたその音色に、霧矢は息を呑んだ。


「っ、これは……まさか、彼が……っ」


何に驚いたのか、陽達には分からない。だが、霧矢はとても驚いていたのだ。


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