第150話 意外と力技でした

目の前で耳障りな叫び声を上げるそれに、高耶は、一つ溜め息を付く。


「うるせえよ」

「へ?」

「「「は?」」」


次の瞬間、高耶は突然向かってきたそれを、心底鬱陶うっとうしいというように蹴り飛ばしたのだ。


《ウォォォ~》


蹴り飛ばされたそれは、窓を通り抜けて外の庭に転がり出て行った。


高耶はゆっくりとした足取りでサッシを開け、そこからそれに話しかける。


「お前の欲しかったものはソコだ」

《ォ……オ?》

「だから、そこにあるだろ。お前、庭師だったんだろ? それをサボったな? お前の親父は、なんて言ってた?」


その言葉に反応するようにビクリと跳ねたかと思うと、次第にふわりと薄くなり、人の形を取った。


「あ、あの人、うん。息子さんだね」


迅は、先に照会していた情報に写っていた父親の行方不明届を出した息子で間違いないと頷く。


《……おや……じ……?》

「庭師をやめるなら、最後にこの庭の手入れをしろって言ってただろ」


高耶は家に入ってから、過去の情景に検索をかけてその言葉を拾っていた。


《いって……た……》

「家を売る時は、庭の植木を変えろと言われなかったか?」


意識を呼び戻すように、思い出させるようにそう語りかける。


《いわれ……た……そう……この木と……石……売れって……》

「親父さんは、そこに隠したんだよ。お前が酒やギャンブルにのめり込んでも、最後はきちんと仕事をするならってな」

《おや……じ……っ》


溢れ出たのは、瘴気ではなく故人に対する後悔の念だ。これならば大丈夫だと高耶は、そっと息を吐く。


「さっさと行って謝ってこい。金はあの世に持っていけねえんだ。いい加減シャキッとしろっ」

《っ……ごめ……ごめん、おや……じっ……》


それを最後に、その姿はかき消えていた。


「終わった?」


そう尋ねてきた迅は少し残念そうだ。恐らく、お札とかを使って術者らしく『悪霊退散!』と浄化するとでも思っていたのだろう。もちろん、高耶もやれないこともない。だが、あれは高耶的にはただのパフォーマンスだと思っている。要は気持ちの問題だ。


祓った感を出すのは良いことでもあるのだが、完璧に浄化できてしまう常盤のような式を持っているのだ。必要がなければやらない。


「ああ。まあ、とりあえず、あそこ掘ってくれ」

「僕?」

「発見者はお前ってことで」


高耶は、どこからともなく取り出したスコップを庭に下ろす。


「あ~……そういう……」


肩を落としながら、玄関から靴をはいて庭に来た迅は、高耶に言われた通りに庭石を退けてみる。すると、そこに木箱が埋まっていた。掘り出したその木箱を開けてみると、何重にもなった薄い布に包まれ、かなりの量の札束が綺麗に並んでいた。


恐らく、発見されないことも考えたのだろう。木箱や布、札束ならば、いずれ放っておけば土に返ると考えていたかもしれない。


出てきたそれは、薄いとはいえ、布で何重にもされて包まれていたことで、中に被害はないようだった。何より、硬貨であったり、箱を頑丈な鉄などにしてしまうと、土の性質を変えてしまう恐れがある。庭師である父親は、それを避けたかったのだろう。


「すご~い! 本物だ~♪」

「こんなにか……今時は相続とか、これは面倒臭いぞ……」

「え? この札束見て思うのそこ?」


高耶には興味がなかった。


「で? 結局、あの息子さん、親父さんを殺してるの?」

「現場に行けば分かるが……まあ、もう知る必要はないだろ。だいたい、俺はその時の光景を見るだけで、証拠になんて出来ねえし」

「そっか……僕も見せてもらったとしても、調書に書けないや……」

「そういうことだ」


今更知ってどうなるものでもない。当事者はもうこの世に居ないのだから。自白させることもできない。


「あの~、すみません」


そこにやって来たのは、庭師の作業着を着た、まだ若い青年だった。


「はい」


陽が返事をして青年に歩み寄る。


「ちょっと、ここの庭を見せてほしくて……」

「もしかして、ここの元の持ち主の?」

「あ、売ったのは祖父らしいんですけど、曾祖父の作った庭がそのまま残ってるって聞いて、近くに来たので一目だけでもと……」


彼は先ほどあの世に行った男の孫のようだ。


「そうか……ああ。丁度良かった」


そう言って陽はこちらを見た。意図に気付いて、迅が立ち上がって近づいていく。


「警察です。お父さんにこの庭のことで連絡を取りたいんだけどいいかな」

「え……はい」


上手く解決しそうだなと、高耶は胸を撫で下ろす。


《全ての浄化完了しました》

「ああ。ありがとう」

《いえ。お役に立てたこと、嬉しく思います。またお喚びください》

「わかった。とりあえず、帰ったら優希達とおやつでもしような」

《はいっ!》


珍しく目に見えて嬉しそうな表情を見せた常盤は、その直後には姿を消していた。


「なにはともあれ、一件落着か」


全体的によどんだ感じがしていた家は、今はもう普通の家だった。


陽達も静かに家を見上げ、ホッと息を付く。そして、彼は一人小さく呟いた。


「やはり、アレも高耶君にお願いするのが良さそうだな……」


それは風に巻き上げられ、高耶の耳に届くことはなかった。


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