第137話 トラウマがありました

雪女を知らないならどうしようかと、さすがに自由人な津も子ども相手には突き放すことができずに悩んでいた。


「な、なら、雨女は?」

「えんそくの日とか雨になっちゃう子でしょ? おにいちゃんたちそうなの? ハレオンナさんをさがしたほうがいいよ?」

「……なるほど……妖怪関係の知識がないのは分かったわ」

「ん? ちがうの?」


これは説明するのは大変だなと遠い目をする伶と津。雨女は晴れ女によって相殺されると思っているということも微妙だ。


「優希。とりあえず、そのお兄さん達は魔法少女じゃないんだ。ほら、お風呂に入っておいで」


高耶の提案に優希が振り返った。


「ハクちゃんと、はいっていい?」

「いや……黒艶と天柳、綺翔と行ってきな。可奈ちゃんと美由ちゃんも一緒にな」

「は~い。エンねえとテンねえちゃん、ショウちゃんいこー」

《良いぞ。風呂の中で雪女と雨女について教えてやろう》

《のぼせない程度にね。行きましょうか》

《ん……》


三人娘達は回収されていった。


「今時の子どもって知らないんだ……ちょっとなんでかショック……」


津が地味にダメージを受けていた。


「なんか変な提案されたな……寧ろ、遠足とか行ったことないし……」

「休んだもんね~。ってか、私達が行けば雨でも晴れにしたわよ」

「時間かけて台風さえ避けさせたよな……」


どっちかというと、究極の晴れ男なのだが、残念ながら遠足も、体育祭も一度も出たことがなかった。なので、その恩恵を同級生達が受けたことはない。


「雪女だから名字がユキなの? いいわねそれっ。っていうか、それでからかわれたりしてない?」

「ユキって女の子が来ると思ってたものね~」


美奈深の見解は間違っていない。由姫ゆきという名字の綺麗な男の子なのだから。


「そうですね。それもユが由来とか由縁の由で、キが姫という字ですから」

「それはからかうわ。絶対やるっ」

「でも名字に姫の字って、ちょっと憧れる~」

「それはある! 名前じゃなくて名字ってのがポイントよね! でもあの女偏が上手く書けないのよ。女っていう字、バランス難しくない?」

「うんうん。どうしても形が整わないよね~。懸賞のハガキに性別書く時に気になるもん」

「分かるっ。アレが綺麗に書けたら目に止まるでしょって思うもんっ」


なぜこんな話になっているのだろうか。女性って不思議だ。


「私達、名字嫌いだったけどさ……なんかちょっと今無性に書きたいかも……」

「俺も……これまで書いてきたのを誇って良いかも……」


彼女たちが言うほど、二人は女偏は苦手ではなくなっていた。寧ろ多分、上手いと思う。これは長年書いてきた成果だ。


名字のコンプレックスは、思わぬ形で解消されようとしていた。


「そんで? 雪女の子孫って女じゃねえんだな。雪男じゃん」


俊哉が気になっていたことを、はっきりとここで口にした。変に気負わない言い方は俊哉らしい。答えたのは源龍だ。


「由姫家は雪女だけじゃなくて、雨女とかも混じっているらしくてね。だから、男児が生まれるのはとっても珍しいんだよ」

「へえ。やっぱ、女だから能力を受け継ぐとかあるとか?」

「そうだね。あるって聞くよ」


そうでなくても、女の陰陽師というのは今でも珍しい。逆に特殊な力を持つ家系は女の方が力を持っていたりするのだ。


高耶がしみじみと食事を進めながら呟く。


「由姫家はな……女系で本当に女が強いんだ……血族の結婚相手は一族総出で選別するし……」

「あ~、本当に怖いよね……屋敷に呼ばれたら最後だって冗談じゃないからね……」


源龍が同意しながら遠い所を見ていた。


「もしかして、源龍さん、連れ込まれそうになったこと……」

「……あるよ……まだ当主として正式に顔出し前だったからね……そういう高耶くんは?」

「仕事先で由姫家の当主をはじめとした人達に囲まれました……全員、容赦なく返り討ちにしましたけど……未だに当主に色々と面倒事を押し付けられるんですよ……」

「あ、気に入られちゃったんだね」


思い出したアレコレのせいで、高耶の手が止まりかけていた。


「高耶、あんた女の人とかも殴り飛ばしたりしてないわよね?」


美咲の問いかけに高耶はちょっと目をそらす。


「術で吹っ飛ばした。だいたい、中坊が二十代から三十代くらいの色欲全開の十数人の女の人に押し倒されてみろ。トラウマになって良いレベルの恐怖だぞ。倒されたと思った時には何人か服脱いでるし、脱がされてるし……混乱してキレても仕方ないだろ」

「「「「「……」」」」」


誰も否定できなかった。


高耶はやけ食い気味に手を早める。


「その時は逃げ切ったと思ったのに、次の日には学校から帰る時に車に連れ込まれるし。屋敷に着いてすぐに逃げたけどな。それが一週間ぐらい続いて……さすがに対処の仕方が分からないから安倍の当主に頭下げたんだ……めちゃくちゃ笑われたけど……」


焔泉に本気で泣きついたのは、後にも先にもあれだけだ。


「……高耶くん……大変だったね……」

「イケメンも良いことばかりじゃないのね……」

「高耶、お前が恋愛できないの、そのせいじゃねえの?」

「俺もちょっとそう思ってるよ……」


あの肉食系女子を見た後では、色々と世界が変わる。


「高耶、悪かったわ。それは正当防衛ね。女の人でも危なかったなら殴ってもいいわ!」

「高耶くんっ、高耶くんが中々結婚しなくても、僕は文句言わないよ! じっくり、ゆっくり好きな人を見つけてね?」

「お、おう……」


両親の同情はちょっと引くくらいすごかった。


一方、双子もこれは初耳だったらしく、青ざめながら高耶を見つめる。


「すみません、高耶兄さん……俺たちがもっとしっかりしていれば……もうあの人達に手は出させないからっ」

「あのクソババア共……兄さまに吊り合うわけないじゃないっ……絶対に身の程を教えてやるわ!」


今までにない程の力が二人の瞳に宿るのが見えた。何か決意したようだった。


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